⑳日曜日の報告

 月曜日は二限迄だったので、深雪とはそのまま教室で別れた。

 その後、あたしは紅美と待ち合わせしているテラスに向かった。それは構内の中心部にある為、他学部の紅美と落ち合うのに丁度良かった。テーブルも二十卓程有り、周辺には大樹が何本か植え込まれていて、花壇もある。あたしの一番のお気に入りの場所だった。

 先に到着していた紅美はあたしをみつけると、「咲子ー!」と言いながら手を振り居場所を示してくれた。

 近付くと、彼女はテーブルの上にお弁当を広げていた。高校の時と同じお弁当箱で、懐かしさが込み上げて来た。

「お待たせ」と言って隣に腰掛けると、「・・・話って・・・時枝くんと瑛子さんの事?」と紅美はすぐに訊いて来た。

「うん」

「瑛子さんとは・・・昨日、話し合ったんだっけ?」

「うん・・・だけど、怜也と瑛子ちゃんは全然何でもなかったの」

「?!」

 紅美は目を丸くして、あたしをみつめた。

 あたしは、木曜と金曜に怜也から聞いた事、そして、日曜日に瑛子ちゃんから聞いた事、それから、母さんから聞いた事を順を追って、だけど手短に説明した。

 聞きながら紅美は、「え?」「マジ?」「あり得ない」「嘘でしょ?」「え゛~~~っ!」等の言葉を相槌に、お弁当を食べるのも忘れてあたしの話に夢中になった。

 聞き終えた後、紅美はとても疲れた様子で、「なんだか、二時間ドラマを観終わった様な感じだわ・・・」と言って、何とも言えない表情をした。

「で、今日は母さん、瑛子ちゃんのおばさんに会いに行くって言ってた」

「・・・何の為に?」

「わかんない」

「咲子は、今、どう思ってるの?・・・瑛子さんの事」

「昨日までは何も考えられなかったんだけど。・・・今は、瑛子ちゃんへの怒りとかは全然無くて・・・寧ろ、同情してる」

「だよね・・・あたしが咲子でも、そうなっちゃうかも」

「十八年間、どんな気持ちであたしと母さんを見ていたんだろうって。・・・絶対に辛かったよなって・・・今まで、よく耐えてたなって」

「うんうん・・・解かるよ・・・うん」

 そう言った後、彼女の箸はようやく動き始めた。


 大学を出て、駅で電車を待ってる時に怜也にメッセージを入れた。


 咲子『近々、珈琲屋で会えない?』

 怜也『俺、今、家だけど』

 咲子『ホント?!

    着いたら連絡するね』

 怜也『りょ』


 あたしは、家に帰る予定を変更して、直接、珈琲屋に行く事にした。

 一刻も早く、怜也に伝えたかったし逢いたかった。


 珈琲屋に入ると、コーヒー豆の香ばしい匂いが懐かしかった。

 奥の窓際の特等席には先客がいたので、あたしは奥の壁際の観葉植物の隣の席に着いた。店内の様子は何ひとつ変わってなかったけれど、店員が変わってた。

「ご注文は?」

「あ・・・待ち合わせしてるので、来たらお願いします」

「かしこまりました」

 そんなやりとりをしてから、あたしは早速怜也にメッセージを送った。

 十分くらいで、彼は姿を現した。

「早くね?」

 怜也は着席するや否や、開口一番そう言った。

「あ・・・大学から直接来たの」

「あーね」

「今日、休みだったの?」

「午後の授業、休講んなった」

 その時、先程の店員が注文を取りに来た。怜也はやっぱり難しい名前の珈琲を、あたしはミックスジュースを頼んだ。

「何で珈琲屋でミックスジュースなんだよ」

 怜也は呆れた様子だった。

「だって、好きなんだもん」

 あたしは頬を膨らませた。

「で・・・瑛子さんとは、話せたのか?」

 怜也は、急に真面目な顔で訊いてきた。

「うん・・・さっき、紅美にも話したんだけどね・・・」

 そんな前置きをしてからあたしは、日曜日に起こった事の全てを細かく思い返しながら、怜也には詳しく伝えた。

 紅美とは違って怜也は、この前の映画の後のカフェの時の様に「うん」「うん」とだけ言いながら、表情も変えずに只々静かに聞いてくれた。瑛子ちゃんがあたしの実の姉だった、と説明した時だけは「え゛っ?!・・・マジで?」と、心底驚いた顔をしていたけれど。

 全てを聞き終わった後、怜也は、「真実は小説より奇なりっつーけど・・・まさに、だな」と言いながら、やはり、紅美と同じように何とも言えない表情かおをした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る