➆『友達』と『敵』

 瑛子ちゃんの話を聞いていたら、同じ血が流れてる安心感の様なものも手伝って、何だか彼女だけは本当の意味であたしの気持ちを解かってくれそうな気がした。

「実は・・・大学に入ってから、友達関係で色々悩んでるんだ」

 あたしは、思い切って口火を切った。

「そうなの?・・・私で良ければ、聞かせて?」

「ありがと・・・ちょっと愚痴っぽくなっちゃうかもだけど・・・」

「従姉妹じゃない。気にしないで」

 遠慮がちなあたしに、瑛子ちゃんは優しく微笑んでくれた。

(瑛子ちゃんなら、きっと大丈夫)

 あたしはそう自分に言い聞かせ、ぽつりぽつりと話し始めた。

 入学式の日からずっと深雪のペースに巻き込まれている事。

 その深雪から、バイトのシフトの件で裏切りに遭った事。

 その事で紅美に理解を求めたのに、気持ちを全く汲んでもらえなかった事。

 この一ヶ月間に起こったそれらの出来事を、あたしはつまんで瑛子ちゃんに説明した。瑛子ちゃんは、あの日の紅美の様に「うん」「うん」と言いながら、真剣な表情で聴いてくれた。

「紅美ちゃんって子は問題ないと思うんだけど。その、深雪ちゃんって子・・・もしかして、『フレネミー』なんじゃない?」

 全てを話し終えると、瑛子ちゃんは険しい顔であたしに言った。

「ふれねみい?」

 聞き慣れない言葉に、あたしは一瞬戸惑った。

「そう。『フレンド』と『エネミー』の造語」

「『えねみい』って?」

「『敵』って意味よ。英語」

「『友達』と『敵』の造語なの?」

(全く逆の意味の単語の・・・造語?)

 あたしの頭は混乱した。

「つまり、『友達』のフリをした、『敵』。利用できそうな人をターゲットにして、人懐っこい感じで近付いて相手に警戒されないようにして・・・で、自分のメリットの為にターゲットを利用したり、ターゲットが何かしら優位に立つ事があれば容赦なく評判を下げたりするの」

「え?・・・そんな人・・・いるの?」

「さっき話した、私の彼氏を盗った子も・・・多分、これだったんだと思う」

「瑛子ちゃん、利用されたの?」

「そもそも、あたしに近付いたのはあたしの彼に近付く為だったんだって」

 瑛子ちゃんはまた哀しい笑顔であたしを見た。

「その人に、そう言われたの?」

「うん。はっきり、ね」

 あたしは、頭の中で『フレネミー』という単語を回転させながら瑛子ちゃんに掛ける次の言葉を必死に探した。けれど、あたしが言葉を選んでいる間に、瑛子ちゃんは続けた。

「私みたく被害に遭う前に、その・・・深雪ちゃんって子とは離れた方がいいわよ?」

「けど、深雪ちゃん、優しい時もあるのよ?」

「だから、『フレネミー』なの。友達のフリしてるんだから、優しい時もあるの」

 深雪が『フレネミー』というのは俄かには信じ難かった。けれど、言われた事やされた事を思い返すと、何だか該当している様な気もする。そして、彼女が『フレネミー』かどうかは別にしても、深雪と距離を置きたい気持ちは少なからずあった。

「だけど・・・クラス一緒だし、バイト一緒だし・・・離れられる自信、無いよ・・・」

「物理的に離れるのは無理だってのは、解かってる。だけど、精神的に離れるのは可能でしょ?」

「・・・精神的に、離れる?」

「そう。その子が『フレネミー』だって事を常に頭に置いて、言動するの。気持ちをしっかり持って。二度と振り回されないように」

 気弱な声を出すあたしに、瑛子ちゃんは力強くそう提案してくれた。

「あたしに・・・できるかな?」

「困った時は、いつでも相談して?」

「・・・ありがと、瑛子ちゃん」

「ううん。従姉妹じゃない。気にしないで」

 瑛子ちゃんはもう一度同じ台詞を口にして、やっぱり優しく微笑んでくれた。

 その時、ピコン、とタイミング良くメッセージの通知音が鳴った。


 怜也『じゃ、明日1時に駅前の噴水な!」

 咲子『うん!愉しみにしてる♪」


「あれぇ?・・・即返してもいいのー?」

 そう言いながら悪戯な表情をする瑛子ちゃんを、窓から差し込む西陽がやんわりと照らす。その光は、まるで瑛子ちゃんそのものだった。

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