⑯カフェデートの真相

 その日、暗くなる頃に、怜也は到着した。

 夕方、母さんから『残業で遅くなる』とメッセージが入っていたけれど、もしかしたら気を利かせてくれたのかも知れない、と思った。母さんは、そういう人だ。

「ごめんっ!」

 玄関のドアを開けるなり、目の前で怜也が腰を九十度に折り曲げて謝って来たから、面喰ってしまった。

「と・・・とにかく、上がって?」

「ぉ・・・おぅ」

 怜也は照れ臭そうに言うと、あたしの後ろを黙ってついてきた。

 あたしの部屋に入ると怜也は、テーブルから少し離れた位置に腰を下ろした。

 あたしは、ベッドに腰掛けて無言で怜也をみつめた。

 怜也は黙って俯いていたけど突然顔を上げ、ぽつりぽつりと話し始めた。

「・・・その、居酒屋の近くの公園で瑛子さんにそう言われて」

「え?話、遡るの?・・・『珈琲屋』は?」

「ぇ、ぁ・・・うん。公園で咲からの伝言を聞いたところまで、戻して欲しい」

「・・・わかった」

 あたしは、昨日の電話内容を記憶に呼び起こした。

「・・・で、公園でそれ聞かされて俺が落ち込んでたら、瑛子さんが提案してくれたんだ。『咲ちゃんに会えるようにしてあげようか?』って」

「?!」

 想定外過ぎる台詞にあたしは、一瞬、思考停止してしまった。

「んで、希望の場所を訊いてきたから、俺、『珈琲屋』を出したんだ。あそこは咲と初めてデートした場所だったから」

(え?・・・そうだっけ?)

 と思ったけど、それは黙っていた。

「したら、『私が上手く言ってそこに呼び出すよ』って言ってくれたんだ」

「・・・なるほど」

 ここから先は、何となく読めた。

「で、その為に瑛子さんと連絡先交換して。したら次の日、『明後日、二時に珈琲屋に咲ちゃんを呼び出したから、行ってみて』ってメッセージがきたんだ。だから、俺は言われた通り、土曜日のその時間、そこに行った」

「・・・実はね、その時、紅美が偶然そこにいたらしいの」

「え゛?!」

「珈琲屋の事は、紅美から聞いた」

「マジかよぉ~」

 怜也は突然頭を掻きむしった。

「・・・で?」

 あたしは続きを促した。

「ぁ・・・で、奥の特等席が運よく空いてたから、そこで待ってたら、瑛子さんが来たんだ、一人で。で、俺が『咲は?』って訊いたら、『少し遅れるって』って言ったから、とりあえず瑛子さんと時間潰した」

 その日のあたしは何も知らずに、只ひたすら怜也からの連絡を待っていたに違いなかった。こんな事になるくらいなら、意地張ってないで自分から連絡すればよかった、と、ものすごく後悔した。

 怜也は続けた。

「何分経っても咲が来ねぇから、瑛子さんが『電話してみる』つって席立った。んで、戻って来た瑛子さんに『咲ちゃん、今日、急にバイトが入っちゃったんだって』って言われて・・・一瞬不審に思ったんだけど、深雪って女の事を思い出して、あいつが突然咲にシフトを交代させたんだろうって思って。で、仕方ないから、その日は瑛子さんと過ごしたんだ・・・それだけ。だけど・・・本当に、ごめん」

 言いながら、怜也はもう一度、深くあたしに頭を下げた。

「・・・事情は、よく解かった。怜也の言ってる事、信じるよ」

 あたしがそう言うと、「マジで?!」と、怜也は急に明るい表情かおをして、子どものような笑顔を向けてきた。

「けど、言っとくけど。あたしは瑛子ちゃんからそんな話は聞いてないし、そもそも瑛子ちゃんとは、ゴールデンウィーク以来連絡も取ってないから」

「へっ?」

 怜也は間の抜けた顔をしてあたしをみつめた。

「全部、瑛子ちゃんの自作自演」

「・・・嘘だろ?・・・従姉妹、だよな?」

「うん、そう・・・だけど、何でか知らないけど、あたし、瑛子ちゃんに嫌われちゃってるみたい・・・」

 哀しくなんてないのに、勝手に涙が溢れてきた。

「・・・あたし、知らない内に瑛子ちゃんをきず付けちゃったのかな?」

 声が震えた。

 怜也は黙っていた。

 暫く黙ってじっとしてたけど、ゆっくりと立ち上がりあたしの隣に腰を下ろした。

 そして、無言のまま、涙で濡れた頬をその大きな温かい指で拭き取ってくれた。

 見ると、目の前には不器用に微笑む怜也の顔があった。瞬間、あたし自身を支えていた芯の様な物がぽきっと折れた。

 あたしは遂に大声を上げて、泣き崩れてしまった。

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