㉒それぞれの想い

 家に着いたら、十七時を少し回ったところだった。

 母さんの姿はなかった。

 あたしは冷蔵庫の中の食材を確認し、ご飯を炊いてチャーハンを二人分作りながら、母さんの帰りを待つ事にした。何かしていないと落ち着かなかった。


咲子『チャーハン作って待ってる』


 途中で、一応、母さんに連絡を入れておいた。

 一時間くらいしてから、返事がきた。


薫『ありがとう。

  今、駅に着いたから』


(だったら・・・後十分ね)

 あたしは、作っておいたフライパンの中のチャーハンを少しだけ炒めて温め、二枚の平皿に均等に移し替えた。コップにウーロン茶を注ぎ、スプーンを用意していたら、玄関で鍵がく音がした。


「おかえり」

「ただいま・・・遅くなっちゃったわね、ごめんね」

 母さんの表情が意外に明るかったので、ひとまず安心した。


 夕飯を食べ終えた食卓で、母さんは徐に話し始めた。

「瑛子、姉さんには何も話してなかったみたいなの」

「・・・だと思った」

「それと・・・姉さんは、何より咲子の心配をしていたわ」

「おばさんらしいね」

 あまり話した事はないけれど、瑛子ちゃんのおばさんは、優しくてとても品のある空気を纏っていた。

「姉さんとお義兄さんにはずっと子どもができなくてね。それもあって、瑛子の事をとても可愛がってくれたの。だから、瑛子も二人にとても懐いてた」

「・・・うん」

「だから、お父さんが亡くなった時、当たり前の様に養子縁組の流れになった」

「うん」

「あの時の私は、一人で二人の子どもを育てる自信がなくて・・・はんを押すのに迷いはなかった」

「・・・ぅん」

「これで全員が幸せになれると、その時はそう信じて疑わなかった・・・」

「多分・・・あたしが母さんだったとしても、同じ様にしたと思う」

 本当に、そう思った。

「瑛子とは定期的に会ってたけど、全然・・・そんな素振り、見せなかった」

 母さんの目から、一筋の涙が流れ落ちた。

「今日、姉さんから、初めて打ち明けられたわ・・・中学に上がる前に、瑛子、一度だけだけど、姉さんとお義兄さんに『薫さんと暮らしたい』って、言った事があるんだって・・・」

 母さんは唇を歪ませた。

「だけど、瑛子を手離したくなかった姉さんは、私には内緒にしてたって・・・それを、今日、謝ってくれたわ」

「もし。もしおばさんから、それを聞いてたとしたら?」

「・・・難しい質問ね」

 母さんはそう言うと、あの時の瑛子ちゃんと同じ様に哀しそうな笑顔をした。

「今夜、瑛子とお義兄さんの三人で話すって・・・姉さん、そう言ってた」

 母さんはそう言うと、両手の平で両頬の涙を拭き取り、あたしに微笑み掛けた。

「咲子は・・・瑛子の事、どう思ってる?」

「可哀相だって思うし、同情もしてる。暫くは会いたくないけど・・・だけど、『お姉ちゃんなんだ』って思ったら・・・きっと嫌いにはならないし、なれないと思う・・・わかんないけど」

「あの日、瑛子から少し聞いたわ。怜也くんとの事・・・咲子や怜也くんには本当に嫌な想いをさせたと思ってる・・・ごめんなさいね・・・」

 せっかく拭いた涙を母さんはもう一度溢れさせながら、あたしに謝った。

「母さんが悪いワケじゃないから・・・もう泣かないで?・・・あたしと怜也は、大丈夫だから・・・」

 言いながら、ついあたしまでもらい泣きをしてしまった。

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