㉓花の香りのする手紙

 蝉時雨の降る、七月。

 大学が夏季休暇に入る頃、瑛子ちゃんから手紙が届いた。薄ピンク地の封筒には同系色のポピーの花が散りばめられていて、表には、茶色の可愛らしい丸い文字で我が家の住所とあたしの名前が書かれてあった。裏には『瑛子』とだけ書かれていた。

 ケータイでのメッセージのやりとりが主流の今、切手が貼ってある手紙を貰う事なんてなかったから、驚いた。と同時に、開封するのを少し躊躇ためらった。けれど、思い切って読む事にした。あたしは、キッチンに置いてあるハサミで綺麗に封を開け、食卓に腰掛けた。母さんは、仕事でいなかった。

 便箋を取り出し拡げた時、ふわっと花の香りがした。


『 咲ちゃんへ

  

 まず、謝ります。

 ごめんなさい。

 本当にごめんなさい。

 あの時の私は、どうかしていました。

 私の欲しいモノを何もかも持っている咲ちゃんに、嫉妬していました。

 薫さんだけでなく、仲の良い友達や彼までいる咲ちゃん・・・そんな幸せそうな咲ちゃんから、全てを奪ってやりたいと・・・本気で思いました。

 

 みゆきちゃんの事をフレネミーだなんて言ってしまった事、ごめんなさい。

 フレネミーは私でしたね・・・友達、ではないけれど・・・だからこそ、余計に性質たちが悪いです。みゆきちゃんはきっと良いお友達だと思うから、私がこんな事をお願いするのも変ですが、仲良くして欲しいと思ってます。

 それから、怜也君との仲を壊そうとした事も、反省しています・・・怜也君は咲ちゃんの事をとても好きな様子だったので、私が壊そうとしたところで大丈夫だとは思いますが・・・怜也君とは仲良くやってますか?いつか、私の気持ちがもう少し落ち着いたら、怜也君にはメールで直接謝りたいと思っています。その後、連絡先を削除しようと思っています。

 薫さんの事だって、咲ちゃんは何も悪い事なんてしていないのに・・・泥棒だなんて言ってしまい、本当にごめんなさい。やり場のない怒りの矛先を咲ちゃんに向けてしまったのは、私の最大の過失だと思っています。

 謝って許される事ではないとわかっています。だけど、本当にごめんなさい。

 

 あれから、この件について父や母と話をしました。

 沢山話し合って、気が付いた事がありました。

 薫さんの事を想い過ぎて、私は、父や母の愛情をないがしろにしていました。これまで私は勘違いをしていました。父や母は、私をむりやり薫さんに押し付けられていたのだとばかり思っていました。

 だけど、違っていました。母は本当に私の事を愛してくれていました。父もです。

 今回の事があって、母は、養子縁組を解消する提案をしてくれました。それは、私がずっとずっと願っていた事でした。だけど、実際にその台詞を母から聞かされた時、私はとても哀しい気持ちになりました。贅沢ですが、母とも親子の縁を切りたくないと思っている私がいたのです。なので、母にはそれを正直に伝えました。


 話は変わりますが、咲ちゃんに3つお願いがあります。

 ひとつは、薫さんの事を「お母さん」と呼びたいです。いいですか?

 そして、もうひとつは、咲ちゃんに「妹」になってもらいたいです。いいですか?

 18年間、ずっと咲ちゃんを憎んできたので、これからは償いがしたいです。「姉」として、咲ちゃんとは仲良くしたいと、今は心の底からそう思っています。

 長くなったけれど、最後に。

 お盆に、薫さんと咲ちゃんと3人で父さんのお墓参りに行きたいです。

 これが3つ目のお願いです・・・どうですか?薫さんにも相談してみて下さい。

 良いお返事、待ってます。


 では・・・またね。

 

                                  瑛子 』


 四枚に渡る長い手紙を読み終えたあたしは、向日葵柄のレターセットがバイト先の文具コーナーに置いてあったのを思い出し、その内容よりも真っ先に、便箋への書き出しを『瑛子ちゃんへ』にしようか『お姉ちゃんへ』にしようかと、迷っていた。


 窓の向こうでひぐらしが、夏の夕刻を告げ始めた。


 

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フレネミー 山下 巳花 @mikazuki_22

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