第19話ヒトミ
次々に飛んでは、ドアを開けたり、エサを出したりしていった。動物病院に一回行ったが、幸い手術中の動物はいなかった。蜂の子が住むみたいなホテルから、犬や猫を出した。
腹をかっさばいている途中の動物はいなかったけど、やはり動物病院だから、調子の悪そうな猫がいた。
「どうにかなんない?」
「なりませんね」
「そっか」
最低の言い訳が頭に浮かぶ。これが自然だ、仕方ない、諦めてくれ。マジで最悪だ。俺が大嫌いな自己責任論とか似非臭え弱肉強食論と同じじゃないか。
けれど、やっぱりどうしようもなくて、次に飛んだ。
猫は苦しそうに横たわっていたから、ひとなでくらいしたかったけれど、それって絶対に自己満足が過ぎる。苦しい猫が、人に撫でてほしいわけがない。そう思って出した手を引っ込めると、ベビーカーの彼女が代わりに手を伸ばした。俺はつい、ベビーカーを寄せて、彼女の手の無い腕が猫に触れるようにした。彼女は「ふぁう」とうめいた。覗き込むと、歯のない顔で笑っていた。猫は目を半目だけ開けて、彼女の腕の先っちょの痛々しい丸みをザラリと一舐めした。
「よ、良かったね・・・」何故か泣きそうになった。
「えっ、マジですか?」
ハナさんが困惑した。その様子を見て、俺はつい笑ってしまった。
でも、ハナさんは怒るでもなしに、ぼんやり俺やベビーカーの彼女、猫をひとまとめに見るともなしに見ていた。
結局、どうしようもなく、次に飛んだんだけど、俺やベビーカーの彼女、そしてハナさんには良い出来事だったかもしれない。本当に、身勝手なことだけど。
次に飛んだのは、警察犬の檻の前、つまり、警察署の中だった。そこでベビーカーの彼女はおしっこを漏らした。それどころかウイダーinゼリーで腸も活発になったのか、うんちも出た。
「あわわわわわわ」
俺は慌てた。結構目の前で漏らされると、どうしたらいいか瞬時にはわからなくなるものだ。
「た、たっけて、ハナエモーン!」
つい叫んでしまうくらい動転したら、案外ハナさんはサッと助けてくれた。
しかも素手で行った。
「ええっ!」
驚く間に手をティッシュやらウェットティッシュやら、色んなものに変えて、すぐに彼女のお尻とベビーカーをキレイにしてしまった。
「乾かします」
そういって、彼女を持ち上げると、俺に寄越した。ベビーカーの濡れた部分に手をかざして数秒後「もういいです」と言った。
念のため、乾かした部分を触るとほんのり温かかった。
「人肌に冷ましもしましたから大丈夫ですよ」
「そうですか」
彼女をベビーカーに乗せると、彼女は俺とハナさんを見上げた。その顔は怯えが少し残っていたけれど、媚びはなくて、ほんのり好奇心が香った気がした。
俺たちは嬉しくなった。俺たちって言ったのは、なんとなくハナさんもそうなんじゃないかと思ったからだ。ハナさんの大きな黒目がキュッてすぼまったから。
「にへへへへ」
ハナさんの方を向いて笑いかけたら、ほっぺたを千切れるかと思うくらいつねられた。なぜ!?
夢じゃないことを強烈に確認できたところで、俺は言った。
「この娘に名前つけたいんすけど、何がいいと思います?」
「えっ?何で私に聞くんですか?勝手につけたらいいじゃないですか」
「いや~、初めての共同作業というか、パパとママみたいな?感じじゃないっすか、今って」
「はぁ?」
もう片方のほっぺたも千切られそうになるところだったので、慌てて付け加えた。
「いやいや、アレっす。自分だけの意見じゃ偏りますので、やっぱり女性の視点も取り入れたいな、とかなんとか」
ジト目でハッーとため息をつかれたが、ハナさんは少し考えたあと「ヒトミさんでどうですか?目の色キレイですし」
そう言われてみてみれば、彼女の瞳は確かに透き通るような茶色だった。
「イイっすね。じゃあ、今からヒトミさんて呼びましょう。ヒトミさん、よろしくね」
ヒトミさんは疲れたのか、ウトウトと波打っていた。おやすみなさい。
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