第6話 痛み

「車持ってないの?」

「あ~、車ね。車好きな人?」

「好きっていうか、いろんなところ行けるじゃん」


 みるみる間に女の子の表情がつまんなそうになった。俺に興味がなくなりつつある。


「まぁ、ほら、ここ都会じゃん。それに俺散歩好きだし。カリンさんと散歩出来たら楽しいな、なんて」


 そうそう、この女の子はカリンさんと言った。少し年上で、福岡の方から出てきたと言っていた。きっと福岡ではないだろう。もう少し田舎の方だという気がした。プライドがあるのだろう。よくはわからないが、なんとなくわかる気もするやつだ。


「わたし、散歩嫌い」


 そこで彼女とのデートは終わった。きっと、本当に散歩は嫌いだったのだろう。散々歩いてきた人生だったのだ。都会まできてなんで歩かなきゃならないのか。それが彼女の思いだっただろう。いまや、すべて推測に過ぎない。それからなんとか食い止めようとしたけれど、患部の出血は止まらず、そのまま俺と彼女の関係は死んだ。


 連絡先を消そうか消すまいか、一人残されたベンチで、逡巡する。彼女は「バイトあるから」と言って、去っていった。一度も振り返らなかった。


 一度だけ振り返ってくれた気のする彼女を思い出す。


 無表情で、きれいで、可愛くて、黒髪で、えろくて、トンカチの男に連れ去られたあの娘。


 あの男と付き合ってるの?だめだぜ、心配だよ、勝手に。DVとかされてないか。大丈夫かな?背中とかお腹とか、見えないところに青アザはないかい?


 頭の傷に触れた。まだ包帯が巻かれている。もしかしたら、カリンさんはこの包帯に引いたっていうのもあるのかな。会った時微妙な顔してたし。嫌だな。そんな頭してまでヤりたいのかよ、とか思われたら。そりゃ嫌だよな、こんな頭したのとヤるとこ想像したら萎えるわな。そりゃ、一度くらいは想像するだろうから。口には出さないでしょうけど。一生もう表に出ることはないだろうな、その幻のイフは。なにせ、もう会うこともないから、実現することもない。俺は連絡先を消した。


 ふと目線を上げる。目の前には噴水があって、ぼっーとするには最適なロケーションに思えた。


 でも、ぼっーとしてるとろくな考えが浮かばない。俺ももっとバイトしなきゃかなとか、やっぱ車ないとダメかとか。車買って、その維持費考えるとめまいがしそうだ。車検、駐車場代、保険代、アホちゃうか?その上やっぱり税金までついてきやがる。そんなもん買えるわけねーじゃん。なんでそんなもんがこんなにのべつまくなし街中走ってるのか。そんなに金持ち多いのか?わけわからん。俺は車が嫌いだ。臭いし、うるさい。あえて言えば、すべての車は滅べと思っているくらいだ。といっても、流通上困るから、そういう用には必要だろう。けど、今は多すぎだと思う。なにより、邪魔だ。なんでこっちが気をつけて歩いてやらなきゃいけないのか。その気をつけ代の分、税金には含まれているのだろうか。


 本当にくだらないことしか浮かばないな。

俺は呆れて、また包帯の傷の部分を触った。もうあんまり痛くなかった。


「ッテェ!」


 はずなのに、なぜか急に痛くなった。


 しかも触ってもいないのに。


 なんだ?


 不思議に思う間もなく、目の前をこの前のトンカチ男が歩いて通り過ぎた。


 痛みは吹き飛んだ。それどころじゃない。俺はどういうわけか、追わなきゃ、と思った。

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