第5話 次のライブへ
目を覚ますと病院だった。
「まったく、お金もないのに余計なことして」
母親は病院を出る時、プリプリ言って、こちらを見もしないで帰っていった。多分、今日は恋人の家だろう。
警察も来ていたけど、やる気なさげに「何かわかったら伝えるから」と言って、俺の番号だけ控えて帰っていった。
頭に巻かれた包帯を触る。
「ッテ!」
思わず声が出る。幸いどこにも異常はなかった。少し血が出ただけで済んだ。
「ッツ!」
また触って声を出す。声を出したかった。傷を触って、確かめたかった。
この出来事も、彼女も、あの男も幻でなかった。
バカな話だが、この傷はその証明で、悪い気はしなかった。この傷自体は。
ボロいアパートに着く。愛しの我が家だ。一人暮らしなので、どこも住めば都だ。母親が恋人を家に連れてきてた期間よりも、今のほうが百倍マシだ。母親のあえぎ声、恋人の暴力。アホみたいに典型的な不幸。そんなもんに支配されるのと比べたら、今ほど自由な時はない。最高だと言って差し支えない。
高校を出たらどうしようか?
唐突に現実的な問いが浮かぶ。高校を出たら、もう一切金は出してもらえないそうだ。
別れた父親から養育費はもらっていて、それを充てるという約束で俺の今までの人生は成り立ってきた。
父親にはマジ感謝だ。会ったことないけど。正確には三歳くらいまではあるのだけれど、もう覚えていない。
けど、多分優しいやつだったんだろう。
会いもしない相手にずっと金を払い続けるのだ。しかも、母親の方からもう会わないでと頼まれて、そうしたらしい。母親が酔ったときに教えてくれた。聞いてもいないのに。
けど、さすがにもうキツくなったみたいだった。父親にはすでに他の家族がいるし、その子たちの学費もあるそうだ。
元々、父親の浮気だとかで別れたのではない。母親が飽きたのだと、これまた酔っ払った時に言っていた。
とにかく、父親だって、別に公務員だとか一流企業に務めているわけではなかった。いわゆる中小零細企業というやつで、俺にはよくわからないけど、そんなに余裕があるわけもない。二つの家族を切り盛りするなんて不可能だ。
だから、まぁ、仕方ないね。
こんな世の中だもんね。
俺だって、高校にはろくな求人もない。当たり前だ。ましてや何も考えずに普通科に進んでしまったものだから、特に潰しがきくわけもない。
周りの奴らは大抵大学行ったり、専門行ったりする。
そうだよな。俺の人生は、もう少し先にスタート切ってなきゃいけなかったんだろうな。けれど、そんなこたぁ、後の祭りだね。
仕方がないさ。
なんでもこの前観たネット記事によれば、三割くらいの人しかネットとかテレビで見かけるマシな生活は送れないらしい。三割よりもっと低いか。しかもそれはどんどん減ってんだって。
まぁ、仕方ないさ。日本はどんどん貧しくなってるって言うしな。
この前計算してみたら、一年に百万と少しあれば、俺は暮らせるのではないか?そういう計算だった。食費を抑えて、安い地域の安い賃貸に住み、服もめったに買わず、娯楽はタダのもので済ませる。そんな感じだ。税金があるから、もう少し必要かもしれないが、その分税金取られるのも癪な気もする。というか、税金に関してはよくわからない。つーか、貧乏人から金をとるかね?普通。
だから、このナンパ道も、きっとあと少しで終わるだろう。
まぁ、後の祭りときづいたから、せめて、自分の祭りをするのさってことでね。
きっと最後のカーニバル。祝祭?いや、祀る感じ。きっと。
だから、欲しいのだ。あの娘が。あの娘との時間が。それだけでいいのだけれど、まぁ、難しいよね。
今回のことを糧に?どう糧にするのかはわからないけれど、次回のナンパを頑張ろう。
そして三十歳になる前には死のう。
人生三十年くらぶれば〜ってね。くらぶらばってなに?どうでもいいや。そんなこたぁ。
頭の中がグルグル巡る。きっと、トンカチで叩かれたからだろうな。変なところ押されたのかな。へへっ、一体俺は誰と喋ってるんだってばよ。ばよっ、ばよってね。ニンニン、ニンニク、ニンジャになりたかったなー。
おかしくなってるな。寝よう。次のライブに備えて。
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