第4話 ナンパ

「あっ!あのっ!」


 初めてナンパした時のことを思い出す。


 でも同時にその時のような新鮮味も出てたらいいなってちょっとあざとい思いも去来する。なんだろうか、いつも嫌だなって思う、この不純な感じ。こういうのを振り切りたいんだ。どうか、乗ってくれ!


 最悪なのは、声を掛けられたら、目も合わせずにどこかへと女の子が行ってしまうパターンだった。


 けど、その娘はなんと、こっちをガッツリ見てきた。目を射抜くように。


 俺はなんとか持ちこたえた。目をそらさずに、見つめ返す。ナンパの日々よありがとう。冷たくゴミ虫みたいに扱ってくれた女の子達もありがとう。おかげでいま、俺は目をそらさないでいられるよ。多分。


 その目に言葉を吸い込まれそうになりながらも引き戻す。


 唯一の武器だ。


 これを手放してはいけない。ライブは、言葉の織り重なりで成立する。彼女は俺の言葉を待っている、はずだ。わずかの沈黙のあとに、俺は続けた。


「一目惚れです!付き合ってください!」


 俺は言った。


 言ったけども、なんか違う。


 間違えた。


 しかも、なぜかお辞儀までして手を差し出している。昔の合コン番組か。


 間違えた。間違えた。あまりのことに、周りもざわつく。そうここはショッピングモール。周りに人もいっぱいいるのだ。


 多くの気配を感じる。観客共の嘲笑。チクショー、金払え!


 俺は恐る恐る、なんとか顔を上げた。そうだ。何より大切なのは、彼女の反応だ。それさえレスポンスもらえれば、全ては報われる。セッションの始まりだ。


 果たして、無だった。


 彼女の表情は、先程と一ミリも変わっていなかった。笑いもしていなければ、怒りも、悲しみも、侮蔑さえその表情からは読み取れなかった。


どうなっちゃってんの?俺は混乱しそうになった。何かしらの反応すら読み取れないのは初めてだった。拒否ですらない。


 まるで赤子がすべてに無垢な気持ちで向かいあっているかのような表情をしていた。


「ひとめぼれ?つきあうってなに?」


 細くて小さな、しかしよく通る声で彼女は言った。


 言った!


ただそれだけで、俺は天にまで救われる気持ちになった。


「ひとめぼれってのは、一気に好きになったってことです」

「ふむ」

「付き合うってのは、特に仲良くなるってことです」

「ふむふむ」


 案外と柔らかな口調で彼女は受け応えた。


 かなりトンチキな質問だったが、なかなか独特な人なのだろうか?


 いいね!


 俺はますます彼女が気になった。独特な人の方がおもしろい。


「よければお茶」

「おい」


後ろから野太い声で呼びかけられて振り向くと、木製のトンカチを振りかぶった男がいた。


「人のモンに手ぇ出してんじゃねーよ」


 平熱な声でそう言う割に、情熱的な行いが俺の頭を襲った。


がづん


 鈍く響く音が脳内で響き、内側から鼓膜を刺激した。目から映る画像は乱反射したみたいになった。舌は痺れ、鼻水も出てたかもしれない。


 俺はその場に倒れた。


 辺りはやっぱり人がいっぱいいたから、さざ波のように静かに悲鳴が起こり、次第次第にフロアに異変を報せた。騒然となるよりも、緊張を孕んだ空気。ああ、なるほど、本物はこうなるんだな、俺は途切れがちな意識のなかで思った。


 男は、彼女の腕を引っ張った。彼女は一瞬だけ倒れている俺を見た。彼女の目に俺がどんだけダサく映っているのだろう?そんなことが気になった。

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