第2話 セッション!
「タケシ、イケそうか?」
話しかけてきたのは、同じナンパ師のサイバラさんだ。サイバラさんは年齢不詳で、ワイルドな風貌をしているが、目元が優しくていかにもモテそうだ。
「いや~、ダメっすね。一本しか取れてないっすわ」
一本というのは、今日ゲットした連絡先だ。
「まあ、お前はレンジを狭くしてるからな」
「サイバラさんみたいにのべつまくなしは無理っすよ」
サイバラさんは困っているところを助けたおばあさんさえナンパしたという伝説をもつ男だ。敵うはずがない。
「お前ならぁ、これるぜぇ、この領域にっ!」
無駄にキメて指パッチンしてウインクしてくれる。
男相手にも楽しくやろうとしてくれるサイバラさんが好きだ。
この人はいわば俺の師匠だ。
普段何をしているか知らない。向こうもこちらのことを知らない。知っているのはこのフィールドにいる時だけ。それでも、俺にとっては学校の先生や先輩、親、塾の教員、すべての大人の中で一番まともな大人だった。
出会いは俺がナンパしはじめの頃のことだ。
その時の俺は、ナンパというのはつかみが大事だというネット情報を垣間見て、奇をてらってばかりいた。
「あの~、すいません、ここらへんにパンダ住んでるって聞いたんですけど?」
「カップ麺食いに行きませんか?」
「俺のお姉ちゃんきれいだけど見に来る?」
今思い出すと恥ずかしい。なにより面白くないのが致命的だった。
さすがに疲弊した俺に、そっとペットボトルのお茶を手渡してくれたのがサイバラさんだった。
ありがたかった。夏のはじめの頃だった。
「水分補給しなよ、倒れちゃナンパもできないぜ」
「えっ?」
「なぁに、大丈夫だよ。変な薬なんて入ってないから」
ニッと笑って、サイバラさんは自分のナンパを再開した。
物腰柔らかにあいさつするだけ。それなのに、明らかに俺より打率が良かった。
そして、相手も楽しそうだ。これがなにより大切なことだった。
そう、女の子は「面白い」、というよりも、「楽しい」を求めているのだということが一気にわかった。ガツンときた。衝撃だった。自分の努力は間違った方向に向かっていたようだ。
それからサイバラさんのことをよく見るようにした。
それまでも多分同じようなところに度々いたのだろう。意識するようになると、すぐに発見できるようになった。
そうして、サイバラさんのように、女性に適切な距離感をもって接するようになった。決してがっつかず、去るもの追わず、けれど来るものは全力で迎え入れる。
つまり、余裕だ。これは、今でも結構難しい。
「まだ好みの娘ほど緊張しちゃうんすよねー」
「わかるわかる」
サイバラさんがうなずいてくれる。
「どうしたらいいと思います?」
「正直に言っちゃえば?」
「えっ?」
「ごめんなさい!本当に好みなんです!って」
「え~、がっつき過ぎじゃないですか?」
「本気で相手の目を見てがっつくんだ。そしたら案外聞いてくれるかもよ?」
「ほんとですか?」
「聞いてくれないかもしれない」
なんだそれは。
「それは相手の領分だからね、仕方ないね」
「それもそうですね」
言われてみればそうだった。たしかに全力でぶつかろうが、距離を取ろうが、そんなもの相手が決めることだ。良いか悪いかは。そこを尊重してこそだ。
「ありっすね」
「うん、やってみる価値はあると思う」
そう、ナンパで良いなと思うのは、こうやって自分を変えられるところだ。いつだって、何者かになれる。パターンを変えられる。そうやって、楽しいライブが夜毎行われる。
問題は、相手がのってくるか?俺の吹くサックスに、良いスネアを叩いてくるのか?それともバスドラか?シンバルか?音楽やったことないからわかんないけど。まぁ、そういうこと。
なんでもいいさ。プレイしてくれるなら。一緒にプレイしようよ。それだけが問題だ。
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