第11話 人類滅亡ボタン

「思うね」


あえて言えば、俺とみんなの間にある人間こそがフィクションを産み出しているバグなのだ。


じゃあ、そのバグを取り除いたらいい。簡単な話だ。


そしたら、クソゲーじゃなくなるかもな。


「では、こちらにボタンがございます」


彼女はまだあのウェイトレス姿で、そういえば怪物じみた手足や顔も元に戻っていた。


けれど、手のひらを開いたら、いきなり手の内側から赤いボタンのついた黒い箱というシンプルなやつがいきなり産みだされた。


「うおっ、どうなってんの?」


俺は思わず驚いた。そういえば、このシチュエーション自体もなんなんだ?ここはどこ?あんた方はなに?そんな疑問もそういえば、という感じで出てきた。


「そうですね。あなた方の言葉で言えば、私たちは宇宙人ということになるでしょう。未来人でもいいです。人ではありませんが」


「はぁ?」

「小僧、こっち見ろ」


男がそういうので振り向くと、男は手を前にかざしていた。


えっ、何かされんの?と思ったけど、ちがって、男の手は急に歪んでトンカチに変わった。


「ええっ!?」

「別にトンカチじゃなくてもいけるぞ」


少し楽しそうに男はトンカチからコアラのぬいぐるみ、バラの花、スリッパ、巨大なダンゴムシに変えてみせた。


「うえっ!きもっ」


つい口をついて出る。


「へっ」


男は馬鹿にしたように普通の手に戻した。けれど、この男にとって普通の手とはなんなのだろう?


そして彼女も。


「私も同じことができます」


彼女は平然と俺の目を見て言った。


「さっきは飲み慣れないものを飲んで暴走してしまいました。申し訳ありませんでした」


ペコリとウェイトレスが頭を下げる。まるで皿を落とした時くらいの気軽さで。


「お、お酒苦手だったんですね、すみません」


俺は苦笑いした。まだちょっとワンチャンあるかな?という思いが頭をかすめてる。だって、やっぱり、異様に可愛いんだもん。


「ここはどこかといえば、まぁ、宇宙船のようなものと考えていただければいいです」


彼女がそう言ったので、辺りを見回す。空、湖、森林、草花、ちょうちょ。そんな風には見えない。宇宙船に乗ったことはないけど。


「見ろ」


男がまた言う。すると、湖が今度は真っ暗闇の空間を映し出した。その中にポツンと地球らしきものが浮いていた。まるでピンポン玉かひどくチープなおもちゃだ。


「これ、地球なの?そして、ここは、宇宙?」

「そうだ」


彼女もうなずいた。


新手のカルト宗教だとしても大掛かりすぎる。この地球が作り物で、この湖がプロジェクションマッピングだとかだとしても、一体全体何のために俺にこんなドッキリを仕掛けるのか。


とてつもない遺産持ちがいて、なにをトチ狂ったか、俺を遺産相続人に指名。その遺産を狙ってビッグプロジェクトが始動。そのくらい無いことを想像しないと、ここは宇宙で彼女たちは宇宙人で、ということを信じるしかなさそうだ。あるいは、麻薬でも打たれたか。なんの気なしに二の腕を見てみるが、特に痕跡は見当たらなかった。


俺は言った。


「ふーん」


正直、それ以外の感想が出てこない。いくらでもツッコもうと思えばツッコんだり、驚いたりできる気がするが、はっきり言ってどうでもいいことだ。なぜなら、これまで通り事態は進行していくのだ。そう、だから、これまでと何も変わらない。


宇宙だろうが、宇宙人だろうが、それで俺の一体何が変わるというのだろうか?


けど、彼女はその諦観を許さなかった。


手のひらの上、小さくて細くて、可愛らしくて、白い手。その上には真っ黒な箱、赤いボタン。


「これ、押しますか?押したら、人類は消滅しますけど」


これまた平熱な感じでそう言った。


「それは、なんかの冗談?」


ジリジリとした圧力を感じる。彼女は目を逸らさない。


「いいえ、まったく、これっぽっちも冗談の要素はありません」


男が横から口を出す。


「なんだよ?さっき、人類は滅ぶべきだっていってただろうが」


べきとは言ってない。そうした方がいい、と言ったに過ぎない。なんて言ってみても意味がない。


「えっと、マジなんだね?あんた方は宇宙人で、よくはわかんないけど、宇宙からの使者かなんかで、あまりに人類が他の生き物や地球だとかに酷いことをしていて、横暴だから、消えた方がいいと思ってる、とか、そういうこと?」


「だいたいその通りです」


彼女はちょこんと頷く。


「・・・」


言葉が止まりそうになったけど、ツバを飲み込んで言った。


「そんで、俺がなぜか、そのボタンを押す係に選ばれた、とか?」


彼女と男は、ゆっくりと頷いた。

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