第10話 クソゲー

気づくと野原にいた。ちょうちょが目の前を飛んでいる。野原に茂る青草はまるでジブリ映画に出てくるくらいキレイな感じだった。

頭をなんの気なしに触ると、頭には腕は生えていなかった。


それどころか傷も消えていた。


「えっ!まさか、天国?」


天国に行けると思ってなかったし、あるとも思ってなかったので驚いた。


「違うぞ」


けど、この驚きはすぐ真後ろから聞こえてきた野太い声にかき消された。


「うおっ!」

「ついてこい」


あのトンカチ男だった。そして、奴はさっさと歩きだしてしまった。


俺は仕方なくついていった。不思議なことに、急に立ち上がったのにまったくふらつくとかそういうことはなかった。むしろ、体の具合はとても快調だった。こんなのは何年ぶりだろう?朝起きたら、さぁ!楽しい一日の始まりだ!と叫びたくなるような、そんな気分でさえあった。


男は森の中に入っていき、しばらくすると湖があって、そこで止まった。


「見ろ」


男は湖面を指差した。すると、透き通っていた水面が急に濁った。


そこになにやら像が映し出されていく。


「ハァッ?」


驚きの声を上げたのはその時だけだった。その後は黙って見た。いや、観させられた。


像が歪み、様々な形を取っていく。同時進行的に、一気に、視覚だけでなく、聴覚や嗅覚、触覚、味覚さえぼんやり感じる。


それは、世界中で行われるあらゆる不幸だった。


ライオンが子供のシマウマを食べる。ハリガネムシがカマキリに寄生する。シャチがペンギンをキャッチボールして遊ぶ。鳥が虫を啄む。アリがモゾつく毛虫を引きずっていく。バクテリアが細胞を食い散らかしていく。


でも、そんなものは不幸の序の口で、というか、不幸と呼べるものかもわからないものだった。


本物の不幸は、すべて人間の行いだった。


人間は、あらゆるものを蓄財した。人も、物も。物とは、人以外という意味だった。どのような美辞麗句を並べて、区分して、フィクションを作ろうとも、実際に行われていることは凄惨な陵辱だった。


牛豚羊魚猪鹿昆虫鳥なんでも食べた。中には自らの子を守るため、身を張って立ちふさがろうとしたものもいたが、悲痛な叫び声を上げて、また搾取されるための小屋に連れて行かれるものもいた。


明らかな情愛があろうとも、人はそれを認めようとはしなかった。


食べて食べて食べて、そして捨てた。食べられるものも捨てた。中には感謝を持ち出して、ちゃんと食べなきゃという人もいたが、意味のないことだった。食べられるものにとって、感謝など無意味だった。与えられる苦痛がそれで軽減するわけもない。


何より罪深いのは、ついには物とフィクションを交換し始めたことだった。


あくまでも人間が勝手に作ったフィクションである通貨に、あらゆるものを移し始めた。それは一方的な流れになり、フィクションの方が力を持ち始めた。


不幸が増大していく。


金、金、金、あらゆる物が金に変換されていく。


生き物だけではない。土地、鉱物、海、空気、森林、まさにあらゆる物が金に変換された。


人はそれがフィクションであることを忘れた。なぜなら、フィクションの中で生きることに充足したから。


しかし、それはあらゆる不幸の上に成り立つ充足だった。


また、誰もが充足したわけではない。


人同士の争いも止むことはなかった。土地や金をめぐる所有欲に端を発する殺人。食べもしないのに、人は人を殺した。一部の動物も遊びで殺すが、人は真剣に殺した。フィクションに飲み込まれているから。


大規模な戦争も起こった。多くのものを巻き込んだ。平和になった。人だけが喜んだ。一部の人は喜ばなかった。また戦争が起こった。その繰り返し。


環境は破壊された。「自然」と区切られる物。人間流にいう価値は毀損され続けたが、そんなことはお構いなしだ。「自分」だけが良ければいいのだ。「自分たち」だけが良ければいいのだ。最高の環境は金で買う。でもその金は環境を破壊することで成り立っている。それでもいい。他人のこと、他の物のことなど知ったことか。


そうだ。これこそ弱肉強食だ。俺は食い尽くすのだ、腹が満ちても溜め込むのだ。溜め込むことがルールだ。溜め込む脳を持たぬものは弱いものだ。


だって、社会は世界を包んだのだから。


だから、どんなに残酷なことをしても許される。人間社会の中でも食い尽くす。同じ人?ふざけるな。


くだらない、くだらない映像が終わった。長かった。退屈だった。


「俺」と「みんな」とその間にあるいくつものくだらない集合。そのどれもがくだらないフィクションだった。


プレイする気にもなりゃあしねえ。


「わかったか?」


トンカチ男が聞いてきた。


「なにが?」

「お前ら人間がどんだけ不幸を産んでいるかだよ」

「そんなことね。わかってるよ」


平熱な感じで答えた。本心だった。


「意外だな。幸福も産んでいるとか言わないのか?」


鼻で笑った。


「よっぽどの馬鹿じゃなきゃそんなことは言わねーよ」


それでも人間は素晴らしいんだ、そう叫ぶ人々のなんて愚かなことよ、それでも人を信じていると叫ぶ人のなんて無責任なことよ。いや、もはや罪深い。


だって、結局のところ、人間は特別だって言ってるに過ぎないんだから。


人間は、人間でいるだけで、もはや罪深い。

それを忘れるためにフィクションに溺れるんだ。


それだけの生き物だ。


全員狂ってるのさ。


そんなこと、常識だろう?


「話が速い」


後ろから、小さいけれどよく通る声が聞こえた。彼女だった。まだ名前も知らないなにか。


このクソゲーで唯一の光。


そして、このクソゲーの主がこう言った。



「ねぇ、君は人間が滅びたほうがいいと思う?」

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