第14話 ワールドエンドガーデン

シンとしている。ラブホだから当たり前なのかもしれない。外に出てみる。なぜか彼女もついてきていた。


いいじゃない。ワールズエンドガーデンで、ウェイトレスと散歩。


「よければ手をつなぎませんか?」


そう尋ねると、彼女は手を差し出してくれた。柔らかなそれを、大蛇をイメージしながらもつかんだ。


ホテルから出る間、誰にも出会わなかった。

そしてホテルの外に出ても、誰にも出会わなかった。


「うおっ!まじか、誰もいねえ!」


大通りに出ても誰もいないし、車は止まって走っていない。死体も何もない。本当に、蒸発したみたいに人の姿が消えていた。


コンビニに入って、食べ物を拝借した。誰もいなくても、あと少しで消えるとしても、お腹は減る。おにぎりを食べて、無駄にエナジー系ドリンクを飲み、スナックを食べながら歩いた。


彼女にも食べるか聞いたら、やめとくとのことだった。たしかにまた暴走されたら困るか。


電気はもう来ていなかった。


「危ないからね」


彼女いわく、人間が産み出して、急に人間がいなくなって、それで大きな被害が出そうなものも、なにやらよしなに済ませているらしい。


「はー、そうなんだね」


それは本当に良かった。


誰もいない街は大きな廃墟のようだ。


犬が一匹走ってきた。リードがついたままだ。コーギーというやつだろう。常に笑顔みたいで、お尻が可愛い短足犬。


なでながら、首輪をとってやる。


しばらく一緒に歩いた。


「犬とか猫とか人に飼われていたものはどうなるの?」

「そのままですね」

「そのままっていうと、そのまま餓死したりしてしまうかもってこと?家とかから出られずに」

「そうなります」

「えっ!どうにかならない?」


お腹を開腹されたまま手術台にいるペットとかを想像してしまった。


そんなの残酷過ぎる。


「なりませんね」


けど、彼女は平静に言った。


これには頭を抱えた。


「そこを何とかなりませんか?」


懇願するが、彼女は「そこまでの細かいオペレーションは不可能です」とまるで役所みたいなことを言った。


「いやいやいや、さっき電気とかに関してはいろいろやったって言ってたじゃないですか。それだって人間の悪影響を他の生き物や環境に与えないためでしょう?」


ということを必死こいてウザいくらいに言ったら、彼女はため息をついて、目を見開いて一瞬止まった。


「とりあえず申請しました。けれど、通るかどうかわかりませんよ」とこれまた役所のようなことを言ってきた。


「ありがとうございます」こちらもまるで役所に訪れた人のようなことを言った。


犬の名前はアンドレといった。首輪に名前が書いてあったのだった。高そうな首輪。きっと飼い主は金持ちだったのだろう。アンドレのように首輪をしたまま、リードしたままの犬はどのくらいいるのだろう。とても不安になる。世界中の人がいなくなったのだから、とてつもない数の飼い犬がそうなっているはずだ。


「あの、犬の首輪とかも全部外すように申請していただけましたか?」

「生命活動に支障が出るすべてのこと、ということで申請しています」


多分大丈夫ということだろう。申請が通れば。


どうなるか。


とても気持ちが重かった。


もしかしたら自分は軽率にとんでもないことをしてしまったのではないか。


犬や猫、その他ペットなどが閉じ込められていたり、成長するにつれて首輪がきつくなったり、そういうことを想像するだけで、真剣に嫌になった。


なんてことをしてしまったんだろうか。


人間なんてどうでもいいけど、人間の飼い主を好きだった飼い犬もいたはずで、そうなると、彼らを悲しませることをしてしまった。さらにいえば、ずっと待ち続けたり、餌も食べなくなってしまうかもしれない。


辛い。


なんてことをしてしまったんだろう。


「あの、瞬間移動って出来るんですか?」

「できます」

「それは、例えば犬とか猫が閉じ込められている場所、という曖昧で膨大な感じでも移動できるんですか?」

「できますよ。当たり前じゃないですか」


なぜか彼女は強気に言った。


「あっ」


そこで俺はようやく気づいた。


「あなたの名前はなんですか?」

そうだ。そういえば、名前を聞いていなかった。


「名前は、そうですね、この地域で言うところのハナです」

「フラワー?」

「いえ、鼻です」


彼女は自分の鼻を押し指した。


その仕草に微笑んでしまう。


「そっか、ハナさん、よろしく。今更だけど、あっ、俺の名前は」


そういったところで彼女は手を前に出して、俺の言葉を押し止めた。


「結構です。個体名には興味がありません。書類にも載りませんから」


これまた役所みたいなことを言うのだった。


「あっ、そう。じゃあ、ハナさん。悪いんだけど、近場のところから順に動物たちのところに連れて行ってくれないか?」


彼女は呆れたような目で俺を見て、ため息をついて「わかりました」と言った。


思ったより感情豊かじゃないか。

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