第18話 君というハナ
俺は檻の端っこにいる彼女に手を伸ばした。歯も爪も無かったから、危険はない。歯はペンチか何かで抜かれているようだった。老婆のような口内に幼い肌。爪はそもそも手が肘の手前くらいからなかった。
彼女はそれでも半狂乱になって、抵抗した。見知らぬ奴が自分の檻の中に入ってきた。また食べられるのか。そう頭の回路が判断したのだろう。
「大丈夫だから、大丈夫だから」
必死になって抱き寄せて、敵意がないことを示そうとした。そのままボロ切れと共に彼女を外に出した。ボロ切れからは生まれた時から一緒のような、血生臭い臭いがした。胎盤がイメージされた。
「どうするんですか?」
「まぁ、せっかくだし」
俺はここに来る前に拝借してきたベビーカーに彼女を乗せた。彼女は今や叫んではいなかったが、恐怖から震えていた。
「ただの自己満足に耽っておこうと思ってね。コンビニ行ってもらえる?」
「はい」
ハナさんは呆れたような半眼をしたが、特に異を唱えることもなかった。
コンビニでウイダーinゼリーを拝借した。いきなり日光に当てるのはまずいかと、ベビーカーのルーフを被せていたが、その下を覗くと彼女は気絶していた。最初死んだかと思い、かなり焦ったが、少し揺さぶったら起きた。
「よ、良かった〜、ハイこれ」
キャップを外し、彼女の口に含ませてみた。最初は従順ながらも戸惑っていた。吸うということを知らないのかもしれない。赤ん坊の時にしなかったのかも。俺はゆっくり袋を押して、彼女の口にゼリーを押し上げた。
すると、彼女の瞳は白黒し、本当に明滅するようになって、すぐにウイダーinゼリーに夢中になった。
「はは、良かった。初めて食べるのかな?」
ハナさんの方をなんとなく見るが、彼女はただただ俺と彼女の様子を見ていた。
「おいし〜いか〜い、ベイベー」
適当な節で適当なメロディを歌う。
「なんですかそれ?」
「えっ?ここには反応すんの?」
「あまりにアレな感じだったもので、バグったのかと思いました」
「ふーっ、まったく、辛辣ぅ!」
パチンッ!指パッチンを響かせる。もちろん指パッチンしたあとの指は、ハナさんに向いている。
「ぶっ潰しますよ?」
眉間にシワを寄せて、ハナさんは言った。
「あ、あはは、マジになんないでよ〜、ほんの小手先のジョークじゃない?まさに小手先のね!」
上手いこと言ったと思い、もう一回指パッチンしようとしたが、指をガッと握られてねじ切られそうになったのでやめた。やめたというか、阻止された。
「あだだだだだいっ!」
ベビーカーの彼女は今や先の無い腕でウイダーinゼリーをつかんで、自ら出る量を調節して飲んでいた。
だから、左手のウイダーinゼリーを離して、右手の今にもねじ切られそうな指に全神経を集中することができた。
「ひー!許してください!許してください!もう二度としませんから!」
まぁ、全神経集中できたところで、痛みと共に哀願するほかなかったのだけれど。
五分後には彼女のウイダーinゼリーも空っぽになって、俺の指も解放された。
ハナさんの怒りもなんとか治まったようだ。
「次したら殺す」
無表情にそう言われたので肝に銘じた。
「わっかりやした!お任せください!」お嬢様!は飲み込んだ。これを言ったら、自動で指パッチンも出ていたことだろう。
「さて、じゃあ、次行きますか」
俺はベビーカーの取っ手をつかんで、ハナさんは俺の肩をつかんで、次のところに飛んだ。
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