エピローグ 桃本編「あたしもそろそろ、本気出しちゃおっかな」
「ややややや、やっきゅーん!!! お待たせしたなエビバデ! ラノベ換算で約150ページも登場してなかった
「あ、サブヒロインの
「いま明かされる衝撃の真実!?」
……
いつも通り大学に来た俺は、桃本さんにラインで、『今日の昼休み、時間があったら会えませんか?』というメッセージを送った。そしたら――。
『了解! 綺麗な体にしとくね!』
と、彼女らしいおふざけを交えつつ、桃本さんは俺と会うことを了承してくれたので――現在。俺はいつもの食堂にて、好きな先輩とご飯を食べているところだった。
「それで?
「いや、なに見栄張ってんすか……後輩の勉強を見てやれるほど、あんたこの大学で勉強してないだろ」
「あははー、この後輩かわいくなーい。でも実際その通りだから言い返せなーい。――じゃあ代わりに、美味しいお酒でも教えてあげようか? それならお姉さん、ちょっと詳しいよ?」
「いえ、俺まだギリギリ未成年なんで、お酒を勧めんでもらえますか?」
「うーん残念。早く凪町くんとも一緒に、お酒飲みたいんだけどなあ……具体的には、凪町くんのアパートで宅飲みとかして、飲み過ぎたせいで床に吐いちゃったあたしのゲロの掃除とか、凪町くんにしてもらいたい!」
「ごめんなさい桃本さん。その話を聞いたら俺、もう一生あんたと酒を飲みたくなくなりました」
「大丈夫大丈夫! あたしがお酒を飲んで吐くのって、三ヵ月に一回ぐらいの割合だから! 鈴鹿おねーさんがゲロを吐くペースは、ワンクールに一回って覚えといて!」
「クソどうでもいいことを後輩に覚えさそうとすな。他人の海馬を無駄遣いさせんなよ」
「ちなみに、あたしの生理周期は三十二日で、期間は五日だよ! さっき生理周期のアプリを確認してみたら、あさってから生理だって!」
「マジでやめて桃本さん。生々し過ぎる。男の後輩に無理やり生理周期教えるって、何かしらの性的犯罪だろこれ……」
「もうすぐ生理状態のあたしに会えるよ! 楽しみにしててね!」
「俺そんな、女の人のそういう状態を気にして会ったことねえんだけど……どう楽しみにしたらいいんだよそれ」
「しんどそうな顔をした、体調不良気味のあたしが、すっごいイライラした状態で現れるよ! たぶん最初の挨拶は『あ? なに見てんだよ凪町くん。生理のあたしがそんなにおかしいかよ。――やっきゅん』じゃないかな?」
「キャラ変わるくらいイライラしてんじゃねえか……いつも桃本さんが挨拶として使ってる『やっきゅん』が、ファッ〇ュー的な使い方になってるし」
「というか凪町くん、いつまで女の子相手に生理の話をしてるのさ! お姉さん、そういう下品な男の子は嫌いだよ?」
「女の子相手って、あんたもう『女の子』って年じゃないだろ」
「おい。ツッコむところそこじゃないだろ?」
俺のツッコミに対し、ちょっと怒り顔になってそうツッコむ桃本さん。相変わらず楽しい先輩だった。確かちょっと前にも同じようなことを思ったけど、俺の大学生活はマジでこの人に救われてるよな……。
俺がそうしみじみと感じつつ、いつもと変わらぬやり取りに癒されていると、俺の対面にいる彼女は少しだけ真面目な顔になって、尋ねてきた。
「それで? 今日はどうしてあたしを呼び出したのかな?」
「……色々と決まったんで、その報告をと思いまして」
「そっか。誰にするか決めたんだ?」
「だ、誰にするか決めたって……まあ、そうなんだけど……」
「え……も、もしかしてあたし!? あんまりアプローチされてる感じはなかったけど、まさか凪町くんの好きな人って――」
「あ、それはないです。ないない」
「ドライな反応! ギャグぐらいのっかってくれてもいいのに……」
桃本さんはそう言って、少し大げさに寂しそうな顔をする。どこまで本気かわからない人だった。
ともかく、俺はこれまで色々と相談に乗ってくれた桃本さんに、ことの顛末を説明するため、彼女にはまだ話していなかった『これまで』の部分を説明した――俺の元カノは、実は浮気をしていなかったこと。妹とデートに行ったら、異性として告白されたこと。そして、俺は悩んだ末に、元カノをフり……これから、彼女に思いを伝えようと考えていること。
それらの話を聞き終えた桃本さんは、第一声、微妙な顔になってこう言った。
「……周りの目とかは、あんま気にならない感じだ? だから、妹みたいな存在だった
「…………」
「ごめん、ちょっと意地悪なこと言ったね。あはは……凪町くんには嫌われたくないから、こういうあたしは見せないようにしてたんだけど、ちょっち失敗しちゃった。てへっ」
そんな言葉と共に、わざとらしく舌を出す桃本さん。それから、彼女は傍らにあったコップを口に運ぶと、こくり、と一口だけ水を飲んでから、続けた。
それは、先程までの棘を潜ませた言い方ではなく、柔らかな声音だった。
「凪町くんにとって、火花ちゃんは義妹だよね? 関係としてはいとこ同士。あたしはもちろん、凪町くんに対して理解があるから、好き合ってる二人を応援してあげられるけど……周りから見たら、それはちょっとどうなんだろう、ってなるんじゃないかな?」
「それに関しては、俺も今まさに、どうしたらいいのか考えてるところです」
「ああ、いま考えてるんだね……」
「はい。――まず最初に火花への思いがあって、それを踏まえた上で、でも俺達は良くても周りはうっせえよなあ、って考えてる感じですね」
「……あははっ、気持ち自体は揺るぎそうもないね?」
「はい。それだけは、間違いなく」
きっと、これから俺と火花の前には、世間一般のカップルとは違う障害が立ちはだかるんだろう。でもそれは、俺と火花がそういう関係にならない理由には、ならなかった。
赤の他人から、妹となんて気持ち悪い、と指差されようが構わない。
それほどまでに、俺の思いはもう、定まってしまっていた。
俺がそんなことを思っていると、桃本さんは少しだけ呆れたような顔でため息を一つ吐いたのち、そっぽを向いた。
それは、俺がこれまで見たことのない、彼女らしからぬ憂いを帯びた横顔で……桃本さんには似合わないその横顔を見た俺はつい、ドキリとしてしまうのだった。
「……覚悟してたのに、結構痛いかな……」
「え……?」
「ああいや、こっちの話。――というか、いまの話を聞くと、元カノちゃんが割と不憫だね! 凪町くんを振り向かせるためにデートしたのに、それを楽しいと思ったからこそ、凪町くんは恋の良さを思い出しちゃって――その結果。過去のトラウマを乗り越え、火花ちゃんに告白する勇気を手に入れた凪町くんに、自分はフラれるっていう……そもそもの原因が元カノちゃんにある以上、もちろん因果応報ではあるんだけど、二人とも楽しんだデートの結果としては、かなり気の毒というか――」
「…………」
「ああ、ごめんごめん! そんなしょげた顔するってことは、めちゃくちゃ気にしてる部分だったんだね! ごめんね凪町くん、つい! あたしいま、いじわるスイッチ入っちゃってるかも! い・じ・わ・る・スイッチ♪ 入ってるのかも!」
「ピ・タ・ゴ・〇・スイッチ♪ と同じイントネーションで言い直すなや……いやでもマジで、兎崎には申し訳ないことをしたっつうか……自分を好きだって言ってくれてる相手をフるのって、めちゃくちゃ体力いりますよね……」
「あー、確かに。鈴鹿おねーさんも高校、大学とモテにモテてきたから、その気持ちはわかるかな。まああたしの場合は、どうでもいい相手をフってきただけだから、そんなにしんどくはなかったんだけど……凪町くんは違うもんね。――だから、そんな顔してるんだよね」
桃本さんはそんな言葉と共に、対面の席から立ち上がったのち、俺の隣の席に移動してきた。
それから、彼女は何の気なしといった様子で、俺に向かって手を伸ばすと――「よしよし」と言いながら、俺の頭をわしゃわしゃ撫で始めた。……ちょ、いきなり何してんのこの人……子供っぽい容姿の桃本さんに子供扱いされんの、めっちゃ恥ずいんですけど……。
「や、やめてください桃本さん。大学で変な噂でも立ったら、あんたが困るでしょ……」
「いーや、やめろって言われてもやめないよ! あたしに対する凪町くんの好感度が上がって欲しいから、やめない!」
「何故そこに計算があると言ってしまうのか」
というか、最近になって気づいたんだけど……もしかしたらこの、『計算があることを言ってしまう』という桃本さんのやり方は、彼女なりの照れ隠しなんじゃないだろうか?
本当はただ俺を慰めたいだけなんだけど、そんな本心がバレるのが恥ずかしいから、そういう照れ隠しをせずにはいられないっていう……そう考えるとこの行動も、どうにも可愛らしく感じるな……。
「……なに? いまお姉さんが凪町くんを慰めてるところなのに、どうしてそんな微笑ましいものを見るような目であたしを見るのかな? ちょっち不愉快だよ?」
「気にしないでください、可愛いとこもある桃本さん」
「な……い、いきなりそんなことを言ってあたしを照れさそうったって、そうは問屋が卸さないよ! だってあたし、そこら辺のどうでもいい男の子からの『可愛い』なんて言われ慣れてるからね! 可愛いって言われたくらいでデレるような安い女じゃないよ!」
「まあ、ですよね。桃本さん、大学でもモテモテですもんね」
「でも、凪町くんみたいな可愛い後輩から『可愛い』って言われるのは、慣れてないからちょっときゅんときちゃう……も、もしかして、これが恋……?」
「下腹部を抑えながらくだらねえこと言わないでください。それはただの性欲です」
「でも実際のとこ、性欲と恋愛感情って何が違うんだろうね? 気になる異性を前にして、セックスしたい、と思うのは恋なのかな? それとも性欲?」
「どうしてセックスしたいのか、によるんじゃないですかね? 彼女が好きだからセックスしたい、が恋で、とにかく彼女とセックスしたい、が性欲でしょ」
「おおお……さすが、高校時代に『浮気した』と彼女に嘘を吐かれて別れたっていう、特殊な恋愛経験を持ってる男は違うね!」
「馬鹿にしてんのかお前。――つか、それで言うと、さっきの桃本さんの、俺に対する恋的な何かは、どういう感情だったんですか?」
「そ、それは、もちろん……凪町くんとならとにかくセックスしたい、って感情だよ!」
「やっぱただの性欲じゃねえか」
先輩がボケたので俺はそうツッコんだけど、桃本さんは何故か俺のツッコミがお気に召さなかったらしく、微妙な表情で「あたしが淫乱なのは、凪町くんにだけなんだけどなー」とか呟いていた。……俺にだけ淫乱って、どういう女なんですかあんた。
俺がそう内心で思っていると、桃本さんは空気を換えるように数度咳払いをしたのち、改めて俺に向き直り、言葉を続けた。
「ともかく、わかった。凪町くんはいま、元カノちゃんをフッて、火花ちゃんに――妹ちゃんに手を出そうとしてるんだね! おめでとう!」
「……素直にありがとうと言えない言い方をすんなよ」
「そりゃあそういう言い方にもなるよ! まったく、自分だけ過去の恋愛を勝手に乗り越えて、新しい恋を掴んじゃうなんて! あたし達の『もう二度と恋人作らない同盟』は一体全体どうなったのさ!」
「そんな同盟はない」
「あったよ! あたしと凪町くんがお互いの元カレ、元カノ話をしたあの時に、同盟はあたしの中で勝手に締結されたんだよ! あたしが二十三になってもお互い独り身だったら、その時は結婚しようねって約束してたのに……よよよ……」
「俺達が結婚するまでの期限が爆速だなおい……いま桃本さんは二十二だから、来年には結婚させられてたのかよ」
「恋愛なんていいもんじゃない、ってわかってるあたし達だからこそ、相性は抜群だと思ってたのになあ……付き合ったら幸せになれるのになあ……」
「…………」
それはまあ、俺もちょっとだけ思っていた。
恋愛に対して過度な期待、多大な幻想を抱いていない俺達だからこそ、心地いい距離感で、ゆるゆると幸せになれるんじゃないかと、俺もそう思っていたけど――それで桃本さんを選べるほど、俺の思いは移り気ではなかった。
というか、そもそもの話――桃本さんは別に、こんな風に異性アピールをして俺をからかいたいだけで、ガチで俺に気がある訳じゃないだろうしな……俺と違って、桃本さんには男友達がいっぱいいるから、その中から俺なんかを選びはしないだろ。
俺がそんなことを思いつつ、桃本さんの顔を見つめていたら、ふいに――いたずらっぽく笑った桃本さんが、俺の頬を、つう、と。片手で妖艶に撫で上げた。
「うお! ……な、なにを……?」
「ふふっ――」
それに驚いていたら、彼女は次いで、俺の耳元にそっと口を寄せる。
そして桃本さんは、俺の耳をくすぐような声音で、甘く囁くのだった。
「あたしもそろそろ、本気出しちゃおっかな」
「な――――」
「凪町くんはこれから、火花ちゃんと付き合うんだよね? ――いいよ、別に。好きにしなよ。だってお姉さん、恋愛感情は長続きしないって知ってるから。人の心は簡単に奪われもするし、簡単に奪えもする。略奪愛なんて、珍しいものじゃないんだよ。珍しいものじゃないし――難しくもない」
「あ、あんた、何言って――」
「……ふふっ、確かに。なに言ってるんだろうね、あたし……でも、もしかしたら、凪町くんが勝手に過去を乗り越えて、勝手に火花ちゃんを好きになったりしたから、あたしも火がついちゃったのかも。――それは、これからゆっくり、あたしとあなたでやる予定のことだったから。それを先にやられちゃって、ちょっとイラっとしたのかもね」
「…………」
「そんな訳で! おめでとう、凪町くん! その幸せはたぶん一時的なものだろうけど、火花ちゃんとお幸せにね! いぇい! 閉じピース!」
冗談なのか本気なのかわからない、いたずらっぽい笑顔に閉じピースを添えつつ、桃本さんはそう言った。……そののち、彼女は「あははっ! 凪町君はからかい甲斐があるなあ」と言って、楽しげに笑う。それで笑い話にしようとする。
だけど、いまの俺にはもう、さっきの桃本さんの発言の全部が冗談だとは、とても思えないのだった……。
「……あの、見当違いだったら別にいいんですけど……もしかして桃本さんっていつか、俺と火花にとってのラスボス的な存在になったりします?」
「ラスボス? 一体なにを言ってるの凪町くん? よくわかんないことを言われてもよくわかんないよ?」
俺の抽象的な発言を、抽象的だからわかんない、と逃げる桃本さん。
……俺はてっきり、俺と火花が付き合う際に一番の障害となるのは、俺と彼女がいとこ同士だという部分だと思っていたけど――もしかしたら。
俺のそばに桃本さんがいることの方が、今後の俺達にとって大きな障害になっていくのではないだろうかと……俺はつい、そんな不安を抱いてしまうのだった。
「ところで凪町くん。話は変わるけど――隣の芝生は青く見える、ってことわざがあるように、他人のものってなんだか無性に欲しくなる時があるよね!」
「……いやそれ、実は話変わってないだろ」
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