第7.5話「あたし、あなたが思ってるほど、性格良くないよ?」
凪町くんが大学の食堂から出ていったのを確認すると、あたし――
「ねえ、ちょっといいかな?」
「……何? ……なんですか?」
近寄ってきたあたしを睨みながら、取ってつけたような敬語を口にする彼女。
そんな彼女に対してあたしは、ちょっとした苦言というか、率直な感想を告げるのだった。
「えーっと……あんまストーカーじみたことはしない方がいいと思うよ?」
「だ、誰がストーカーよ!?」
あたしが、彼女……凪町くんの元カノちゃん(
すると、元カノちゃんの正面に座っていた――ポニーテールが可愛らしい、元カノちゃんの友人らしき女の子が、話に入ってくる。
「いやあんた、ストーカーじゃん。食堂で凪町くんを見かけたら、彼の声が聞こえるくらい近いテーブルに座らないと気が済まない――未だ元カレに未練たらたらな、現役真っ盛りのストーカーじゃん」
「あんたどっちの味方なのよ!?」
「日本国憲法」
「親友より憲法を大事にしてんじゃないわよ!」
そんな会話を終えると、元カノちゃんの友人らしきポニテの女の子は、私に向き直り――ぺこりとお辞儀をしながら言った。
「初めまして先輩。ウチの名前は
「ちょ……あんた、なんで自分だけ助かろうとしてんのよ!」
「だって自分が一番可愛いんだから当然でしょ。――それじゃあ先輩、ウチは次の講義があるので失礼します。そこの女は、なんかまあ適当に、通報とかしといてください」
「こ、こいつっ……わ、私はあんたのこと、親友だと思ってたのにぃ……!」
「ウチも親友だと思ってるよ。
「親友だと思ってたのにいいいいぃぃぃ!」
そんな会話をしたのち、あたしにもう一度だけ、ぺこり、とお辞儀をした千里ちゃんは、足早に食堂を去った。――そうして残されたのはあたしと、凪町くんの元カノちゃんの二人だけ。なので、あたしが改めて彼女の正面の席に座ると、元カノちゃんは不愉快そうな目であたしを見やる。
その敵対心を隠そうともしない瞳を見返しつつ、あたしは今更ながら告げる。
「や、あなたを警察に突き出すとか、そういうことは全然考えてないんだよ? それは考えてないんだけど――あたしと凪町くんが食堂で話してると、いつもあたし達の会話を盗み聞こうとするみたいに、あなたとさっきのお友達が近くのテーブルに来るからさ……あれは何というか、かなり鬱陶しいからやめてくれないかなー、っていうお願いなんだけど」
「……別に私、盗み聞こうとなんてしてないです。たまたま、私と千里が昼食に選んだ席が、あいつの近くになっちゃってるだけで……ストーカーな訳ないじゃない」
「それじゃああなたは、これからも、こんなことを続けるつもりなの?」
「…………」
「そっか。それに対してはあたしも反論があるから、言わせてもらうね? ――あたしと凪町くんの楽しい時間を邪魔して欲しくないから、これからはやめてくれない? はっきり言って不快だよ」
「――――」
あたしの言葉に、目を見開く元カノちゃん。
もしかしたら彼女は、あたしの性格を誰かから聞きかじっていたのだろうか……だとしたら、あたしのこういう一面は意外に感じられたかもしれない。
でもあたしは本来、こういう人間だった。
好きになった相手には、どこまでも楽しい自分だけを見せたいし。
敵対すべき相手にはこうして、自分は相手の敵だとわからせる。
たぶん、あたしに対して割と幻想を持ってくれてる凪町くんは――桃本さんは誰とでも仲良くできる人間、とか思ってくれてるのかもしれないけど、まさかまさか。あたしは、あたしの好きな人に対して、そういう風に接しているだけだもん。
みかちー。ゆりっぺ。しんくん。あーちゃん。佐々木さん。葛城くん――エトセトラエトセトラ。そんな感じであたしは、あたしが『好きだなあ』って思う相手には優しい態度を取るけど、気に入らない女、気に入らない男には存外、こんな感じだ。
そして、あたしにとってはもう、目の前にいる彼女は既に、あたしと凪町くんの楽しい時間を邪魔する、気に入らない女だった。ごめんね。でも嫌いかな。
「……あ、あんたこそ。友達がいっぱいいるくせに、私の
「友達がいっぱいいるくせに? 私の? ええっと、どこからツッコめばいいのかな……それじゃあ、まず――もう、あなたのじゃないよね?」
「ぐっ……別にそれは、言葉のあやだし?」
「あと、友達がいっぱいいるくせに、凪町くんにちょっかいかけるな――っていうのも、論理として破綻してない? それは全然、話の筋が通ってないよ」
「……あたしには、あいつしかいないの……」
彼女はそう言いながら、ぐっと唇を嚙みしめた。それは、何かを堪えるような、女の子の顔で……それをすることで男の同情を買ってきた、あざとい女の顔だった。
そんな折、間延びした授業開始のチャイムが鳴る。
だけどあたしも、彼女も、この食堂から立ち去ろうとはしなかった。
「サークルでいっぱい友達がいるあんたには、わかんないでしょうけどね……あたしにはあいつしかいないの! 犬助と、さっきあたしに付き合ってくれてた親友、千里しかいないの! だからあたしは、犬助が欲しいんじゃない! あいつとまた、一緒にいたいんじゃない! ……まだ、大好きだから……いまでも大好きだから! あんたにとってあいつは、いっぱいいる男友達の一人かもしんないけど……あたしにとってのあいつは、世界でたった一人なのよ! ……だから、返してよ……」
「……そんないじらしい顔で、いじらしい言葉をぶつければ、返してもらえると思ったのかな?」
「え……?」
「ごめんね、元カノちゃん。あたし、あなたが思ってるほど、性格良くないよ? だから、言わせてもらうけど――知らないよ、そんなこと」
「…………」
あたしの言葉を受け、涙目になりながら、元カノちゃんはあたしを睨んだ。
……ずるいことはわかっていた。だってこんなの、状況的には断然、あたしが有利だ。正論を振りかざせば勝てる状況で、それをわかってて彼女を責めるあたしは、卑怯な女でしかない。
でも、理性で言葉が抑えきれない。感情が先に口をついて出る。
どこか、頭の冷静な部分で理解した。
ああ……あたし、ちょっとだけムキになってるな。
「あなたに凪町くんしかいないのも、あなたに千里ちゃんしかいないのも、あなたのせいだよね? あなたがそれ以外の人間と関係を築く努力をしてこなかったせいだよね? それなのに、そんな可哀想な私から、犬助を取らないで! って? ――そんなの知らないよ。それはあなたの事情だから、あたしには関係ない筈だけど?」
「…………」
「そんな風に言わなきゃならないなんて、可哀想だなとは思うよ。して欲しいんなら、同情だってしてあげる。だけど……それが、あたしと凪町くんとの関係を邪魔していいって話にはならないんじゃないかな? だからもう、こんなストーカーじみたことはやめてね」
「…………」
「食堂でぼっちご飯を食べてる凪町くんを遠くから見守っちゃうなんて、いまはまだ可愛いものかもしれないけど、元カノだからって――元カノだからこそ、これ以上踏み込んだらさすがにまずいしね……これがエスカレートするようならあたしだって、ずっと黙ったままではいてあげられないよ? それがわかったら、あたしの言う通りに――」
「……どうせあんたは、誰だっていいんでしょ?」
「え?」
あたしの言葉にただ殴られているだけだと思っていた彼女はふいに、あたしの言葉を遮って、そう反撃した。
強い瞳があたしを睨む。……どうやら、あたしのエンジンをかけたのが彼女なら、彼女の方のエンジンも、あたしがかけてしまったらしかった。
「知ってるわよ。あんた、色んな男と合コンしたり、サークルで遊び歩いたりしてるらしいじゃない。……まあ別に? あんたがビッチしてんのは個人の自由だし? 勝手にしてくれて構わないけど――でも、そんなあんたが、犬助に近づいてんじゃないわよ。男なら誰でもいい女のくせに。あいつみたいな特別に、あんたが近づいていい訳ないでしょ!」
「…………」
「いい? あいつはね、あんたが思ってるよりもずっといい男なの! ……忘れようとしても忘れられないくらい、いい男なのよ。だから、私は……私のせいであいつと別れてからも、あいつ以外の男に行かなかった。……見ようとはしたわよ? でも途中で、あいつ以外の男は見えないことに気づいたの。あんたはそれを、盲目だって笑う? でもね、笑われても構わないわ。私が抱えている思いは、それくらいで揺らぐようなものじゃないから」
「…………」
「誰に認めてもらう必要もないのよ。私自身がわかってればいいの。捨てようとして、それでも捨てきれなかった――失恋しても失えなかった私のこれが、恋心なんだから」
「ふうん……」
知った風な浅い言葉を、浅い女が吐く。そんなの、ただの未練じゃないのかな。
あたしはそう思ったけど、でも確かに、そう言い切る彼女の目には強い光があった。
「別れてから、あいつを忘れたくて、欠点をいっぱい探したの……服装がダサい、勝ち負けにこだわり過ぎる、優柔不断、顔があんまイケメンじゃない――いっぱい探して、あたしは納得しようとしたのよ。あんな男、全然良くなかったから、後悔する必要なんかないって。でもね、しばらくして気づいたの……そんな、彼がいっぱい持ってる欠点すら、愛おしく思ってるあたしがいることに」
「…………」
「ねえ……あんた、本当の好きって何か知ってる? 本当の好きっていうのはね、好きな人の好きなところをいっぱい挙げられるかどうかじゃなくて、好きな人の駄目なところを『好きだから』で許してあげられるかどうかなのよ」
「……ははっ、若いなあ、元カノちゃんは……」
少し眩しいくらいだった。これは、凪町くんも大変だったろうなと思う。
だって、彼女からこれほどまでに愛されてしまったら、自分からも相当の愛がないと、それを受け止めきれないから。
彼女達が上手くいかなかった原因の一端を見て、少し愉快な気持ちになりつつ(ここで愉快な気持ちになるあたしは性格が悪いのですゲヘヘ)、あたしは反論する。
それは、さっき言われた、『……どうせあんたは、誰だっていいんでしょ?』という言葉に対する、今更ながらの返答だった。
「そっか。元カノちゃんの気持ちはよーくわかったよ。あなたが本当に凪町くんを好きなのもわかった。でもね、元カノちゃん……あたしは、誰だっていいから、凪町くんを選んだ訳じゃないよ」
「……嘘。だってあんた、色んな男と仲良くしてるのに――」
「逆だよ。色んな男を見て、それでも凪町くんなんだよ」
「…………」
「凪町くんしか見えなくて、だから凪町くんに依存してる元カノちゃんとは、全く真逆だね。色んな男を見て、それでも凪町くんを選び取ったあたしと、凪町くんしか見えてないから、凪町くんが欲しいと騒いでるあなた――どっちがいい女だろうね?」
「この、クソ女……」
「口汚い女はモテないよ? このブス」
「あんたも、本性は酷いもんじゃない」
その言葉に、ついにやりと笑ってしまうあたし。
……あれ? というか、今更なんだけど……なんであたしこんな、凪町くんが好きだから元カノちゃんに突っかかってるみたいになってるんだろ?
確かにあたしは凪町くんが好きだけど、それは男友達として、可愛い後輩としてであって――だからあたしは、凪町くんに迷惑だから彼に付きまとうな、とだけ元カノちゃんに言えたら、それでよかった筈なのに……。
あたしがそう、自身の感情にモヤついていると、元カノちゃんは一つ深く息を吐いたのち、あたしに言ってきた。
「でも、いいわ。とりあえず、あいつのことを陰から覗くような真似はもうしない。……あんたに言われるまでもなく、こんな未練がましい行動は、やめなきゃいけないと思ってたし――だから、あんたに言われたからじゃなくて、あたしはあたしの意思で、あいつのためにやめるんだからね。勘違いしないでよね」
「……あはは、ツンデレかな?」
「ただの本音よ」
元カノちゃんはそう言うと、気怠そうに席を立ち、あたしに背を向けた。
そのまま、あたしにさよならも言わずに、颯爽と歩き始めたけど――その途中で彼女は急に立ち止まり、振り返る。
そして、元カノちゃんはあたしに人差し指を突きつけながら、強い口調で言うのだった。
「あんたみたいなビッチに、犬助は渡さないから! 絶対に……絶対に渡さない! でもそれは、あんたが気に食わないからじゃないわ。――今度こそあたしが、犬助を幸せにするからよ! あんたみたいな、どうでもいい女に、彼を預けてなんてやんないから!」
「……どうかなー? 意外とあたしみたいなのが、凪町くんを幸せにするんじゃないかなと、あたしは思うけどね? 最終的には、桃本さん大勝利! みたいな?」
「誰があんたみたいな下品な先輩を好きになるもんですか! おっぱいが大きいことだけが取り柄の女のくせに!」
「でもその取り柄って、男の子的には結構大事なポイントだと思うけどね。というか、そう言う元カノちゃんは何カップかな? ちなみに、あたしはGカップだよ! すごくない?」
「死ね淫乱!」
そんな負け惜しみを言い残し、この場を去る元カノちゃん。ふふん、勝った……。
でも、凪町くんの前ではお姉さんキャラぶってるくせに、我ながら子供じみた口喧嘩をしてしまったなあ……なんて反省しつつ、あたしは立ち去る背中を見送る。
というか、今更なんだけど――。
「なんであの子、あんなに凪町くんが大好きなのに、浮気なんかしたんだろ……」
好きになって、両想いになって、でも嫌いになって浮気して……というのを経て、また現在、彼に惚れ直したのだろうか? でも彼女、さっきの口喧嘩の感じだと、昔から今まで地続きで、彼のことが好きっぽい感じだったけど――。
あと、考えるべきことは他にもあった。
それは、自分自身の感情。
凪町くんの元カノちゃんに言い返されて、イラっときてしまい、余計なことを言い過ぎた自分自身についてだった。
心の奥底で小さな熾火が燻っているのを自覚しつつ、あたしはぽつりと呟く。
「……もう恋なんてしないって、決めてたんだけどなあ……」
あたしが大好きだった、いまは大嫌いな元カレが、どこかであたしを笑っている気がして、あたしはとっても不愉快な気分になるのだった。……よーし、こんな日はサークルに出て、大好きなみんなと一緒にパーッと飲み明かそうかな! 今日はイッキしちゃうぞー!
※あたしは特別な訓練を積んでいます。一般的な大学生のみんなは、後輩にイッキさせたり、空気に飲まれてイッキしたりしないように! もうそういう時代じゃないぞ!
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