第4話 前編『わたし、メリーさん。教えてくれてありがと』
「あの、兄さん? 私、もうそろそろ寝たいんですけど……」
「ふざけんなお前。勝ち逃げする気か。そんなの許さねえからな」
金曜日の深夜0時半過ぎ。俺は座椅子に座る
そんな俺達が手に持っているのは、とあるゲームのコントローラー。正面のテレビには、最近リメイクされた、昔よく妹とプレイしていた落ち物パズルの画面が映っていた。
ちなみに、俺の方の画面には『あなたの負け!』の文字。……うるせえ。いまのは勝ちを譲ったんだよ。もう五連敗してるけど、こっからが本気の俺だから。黙って見てろ。
俺がそう思いながらテレビを睨んでいると、火花がうんざりした声音で呟いた。
「忘れてた。兄さんって、実はかなり負けず嫌いですもんね……一応、明日はお休みなので、夜更かししても大丈夫ではあるんですけど……ふわああ……」
「お前なに可愛らしい欠伸してんだよ。言っとくけどな、火花――お前、今夜はお兄ちゃんが寝かさねえからな?」
「……あの、兄さん。いまの台詞、もう一回お願いできます?」
「あ? もう一回って……お前、今夜は俺が勝つまで寝かさねえからな?」
「あ、『俺が勝つまで』の部分はいらないです。それを踏まえてどうぞ」
「――お前、今夜は寝かさねえからな」
「…………えへへ」
俺が勝つまでゲームするぞ、と宣言したら、何故か幸せそうに顔を綻ばせる俺の妹。ぼんやり気づいていたことだけど、火花はたまに様子がおかしい時があるな。
と、その時……テーブルの上に置いておいた俺のスマホが突然、ぶるる、ぶるる、と震え始めた。どうやら電話が来たらしい。
前述したように、現在の時刻は真夜中。
こんな夜中に電話をかけてくるなんて誰だよと思いつつ、俺がスマホを手に取ると、そこには――『
「……出ないと、あとでめんどいしな……」
俺はそう呟いたのち、火花に「ちょっと電話する」とだけ告げ、その電話に出た。「はい、もしもし」――すると、何故かわざとらしい低い声音で、電話口の彼女はこう言った。
『わたし、メリーさん。いま、あなたのアパートの最寄り駅にいるの』
ぷつっ。それだけ言って切れる通話。あとには、つー、つーという、通話が終わった音だけが残っていた。……いや、なんだいまの電話。イタ電かよ。
なんだかめんどくさい雰囲気を感じた俺は、折り返すことなくスマホを放置。また火花とゲームをしていると、再度着信があったので、一応電話に出てあげた。
「はい、もしもし」
『わたし、メリーさん。いま、あなたのアパートからほど近いコンビニにいるの』
ぷつっ。それで途切れる通話。俺が知ってる怪談通り、徐々に俺のアパートに近づいていた。……つか、もしかしなくても彼女、酔っ払ってやがんな?
それから、数分後にまた電話。「はい、もしもし」すると女は応えた。
『わたし、メリーさん。いま、あなたのアパート近くの信号機の前で、信号が青に変わるのを待ってるの』
ぷつっ。それで途切れる通話。――いちいち鬱陶しいな電話! もうめんどいから、家に着いてからの連絡にしてくんねえかな。
それから数分後にまた電話。「はい、もしもし」すると女は応えた。
『わたし、メリーさん。いま、あなたのアパートの最寄り駅まで戻ってきたの』
「迷ってんじゃねえよ」
古臭い怪談が新しい展開を迎えた瞬間だった。
『わたし、メリーさん。コンビニまでは行けたけど、そこからの道がわからないの。靴屋さんの近くにある踏切は、渡っちゃっていいの?』
「渡っていいんすよ。そのまま真っすぐ行くと、コインランドリーが右手に見えてくるから、そこを右に折れてください。そっからまた少し歩くと、ボロめのアパートが左側に出てくるんで、その202号室が俺の住んでるとこです」
『わたし、メリーさん。教えてくれてありがと』
「素直だなメリーさん。怖いイメージ全然なくなっちゃったぜ」
『わたし、メリーさん。あなたのことだいしゅき』
「やめろ。メリーさんをあざとい萌えキャラにすんな。いまちょっとだけ可愛いと思っちゃっただろ」
『コンビニに寄るけど、何か欲しいものある? まだ凪町くんはお酒飲めないよね? 甘いものとか買って行ってあげようか? あ、それとわたし、メリーさん』
「もう怪談でも何でもない、ただのツレじゃねえか」
なんかキャラ付けもおざなりになってきてるし。まず『わたし、メリーさん』から話し出すのはメリーさんとして一応のルールだろうが。そこを雑にやんな。
俺は思いつつ、メリーさん(仮)からの電話を切る。すると、隣に座っていた火花が可愛らしく小首を傾げながら、「なんの電話ですか?」と尋ねてきた。
「よくわかんないけど、なんか、大学の先輩から。どうやらいまからここに来るみたいなんだけど、もう夜も遅い時間だし、クッソ迷惑だな……」
「え。兄さんのお友達ですか? ……今からでも、ちゃんとした服に着替えて、メイクもし直した方がいいですかね?」
「いやいや、そんなんしなくていいから。パジャマのまんまでいいよ。何なら、玄関先で追い返すし」
「でも、もし家に上がるとなったら、兄さんの男友達にこんな、兄さんにしか見せられない恰好を見せたくはないんですけど……」
「いや、そもそも男じゃないし。女の人」
「え」
微妙な表情のまま、一言だけ発して固まる火花。すると、次の瞬間――ぴんぽーん、という間の抜けた音がしたので、俺は急ぎ玄関へと向かい、ドアを開けた。
すると、そこには――。
「やっきゅーん! 恐ろしい怪談、メリーさんの正体はあたし、鈴鹿お姉さんでしたー! どうどう、驚いた? 嬉しいサプライズ?」
「夜中に何してんすか。帰れ」
「辛辣な一言目! んもー、そんな冷たいこと言わないでよ凪町くん。――ほら、お土産にいっぱいお菓子買って来たよ。深夜に食べて、一緒にデブろう!」
「いやマジな話、何してんすか桃本さん。……うわ、つか酒くせえ! さっきのさっきまで飲んでたなお前!」
「あははー。――終電、逃しちった。てへぺろ☆」
「そっすか。じゃあ、またいつか」
「おっとお! そうは問屋が卸さないよ!」
俺が玄関のドアを閉めようとしたら、桃本さんはドアの隙間に足を挟み込んで、ドアを閉められないようにした。しかし、それでも俺はドアを閉めようとしたので、パンプスを履いていた彼女の足が挟まり、桃本さんは「いだい!」と騒いだ。夜中にうるさいですよ。
「ひ、酷いよ凪町くん! 終電を逃して家に帰れなくなってるあたしを、放っておこうとするなんて! それでもあたしの可愛い後輩か!」
「……桃本さんって友達いっぱいいるんだし、俺んとこ来なくてもいいでしょ。女友達の家にでも泊まりゃいいじゃないですか」
「えー? だってこんな夜中にいきなり泊めてくれって、そんな迷惑かけられないよ。あたし、女の子の友達は大切にしたいもん」
「おい。俺には迷惑かけといておい。――つか、わざわざ俺じゃなくても、あんたが一本電話すりゃ泊まらせてくれる男なんて、山ほどいるんじゃないすか?」
「そりゃあ、泊まらせてくれそうな男の子は、何十人とラインに入ってるけどさー。でもみんな、泊まらせてくれる代わりに、貞操を捧げなきゃいけないような男の子ばっかりだからねえ」
「俺だって一応、男なんですけど?」
「凪町くんは大丈夫だもん。色んな意味でね!」
「あっそ。意気地なしだと思われてんのね」
「……んー、確かにそうも思ってるけど、でも、それだけじゃないというか……別に凪町くんなら大丈夫って意味だったんだけど、伝わらなかったみたいだね。あはは」
「なに。迂遠な言い回ししないで、もっとわかりやすく言ってくださいよ」
「ううん、気にしないで。――とにかく、始発が動くまで泊めて欲しいんだけど、だめかな? もし本当にダメって言うなら、タクシーでも拾って帰るけど」
「…………」
さっきまでのおちゃらけた雰囲気ならともかく、割とマジな感じで、微笑されながらそう尋ねられてしまっては、大切な先輩を無下に追い返すのも忍びなかった。
なので、俺が以前みたいに一人暮らしだったら、彼女を泊めるのも構わなかったんだけど……でもいま、俺ん家には火花がいるからなあ。とりあえず、彼女に聞いてくるか。
「すみません、桃本さん。いま俺ん家、別の奴もいるんで、そいつに聞いてきますね」
「ん? 別の奴? 誰?」
そう呟く桃本さんを無視して、俺は一度家の奥に引っ込み、リビングへと続くドアを開ける。そしたら――いきなり目の前に火花が現れたので、俺は「うわあ!?」と声を上げて驚いてしまった。
「お、お前、なんでそんな、ドアに張り付くみたいに……話聞いてた?」
「いえ。全然。まったく聞いてませんでした」
「そ、そっか……それじゃあ、ちょっとだけ説明するけど……ええと、いま俺、玄関先に先輩を待たせててさ。その先輩、どうやら終電逃しちゃったみたいなんだよ。だから始発の時間まで、この家にいさせてやりたいんだけど……いいか?」
「…………」
俺の発言を受け、めちゃくちゃ渋い顔をする火花。「本音を言えば嫌だけど――確認する必要もあるし――追い返したら可哀想――お兄ちゃんと私だけの家――他の女は入れたくないのに――」それから、彼女は何事かを小声でぶつぶつ呟いたのち、一つ大きなため息をつくと、俺に言ってくれるのだった。
「……わかりました。いいですよ。泊めてあげてください」
「お、おお……泊めていいんだな? わかった」
「でも私、女の先輩が上がるからって、ここを出て行きませんからね? どんだけ兄さんに『二人っきりになりたいからお前は邪魔だ』的な空気を出されても、私はこのアパートで寝ますよ。いいですね?」
「いいに決まってるだろ。一緒に住んでる妹を、終電逃したアホのために追い出すかよ」
「ん……ちょっとだけ気分が良くなりました。そういう心がけ、悪くないですよ」
「何で急に上から目線だ」
俺は火花にそうツッコんだのち、取り急ぎ玄関の方へと戻る。それから、どこか元気のない様子で居心地悪そうにしていた桃本先輩に、こう言った。
「同居人の許可も出たんで、いいですよ」
「ほんと? ……ちなみにだけど、同居人さんって? 彼女さん? とか?」
「いや、妹です」
「妹さん? ――ああ! あの、ちょくちょく話に聞く? じゃあ、あたしが上がり込んでも問題ないね! ありがと! お邪魔しまーす!」
どうやら変に気を遣ってくれていたらしい桃本さんは、俺の家にいるのが妹だと知ると、明るいトーンでそう言ったのち、遠慮なくずかずかと上がり込んでくる。
こうして、俺の妹と、俺の先輩は――金曜日の深夜。
桃本さんが終電を逃したから、というくだらない理由で、顔を会わせることになったのだった。楽しそうに大学生してんなあ、この先輩……。
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