第23話 ファイドクエスト
自警団さんに案内されるがままにギルドの建物の奥へと進んでいく。
入り口やロビー辺りでも大理石をあしらえていて豪華の極みみたいな市役所のイメージではあったけれど、それも決してハリボテなんかではなく、本格的に太古の宮殿のような荘厳さをこの身にヒシヒシと感じられる。
私の持っている知識や認識とまるで異なっているのは初めてここに足を踏み入れたときに分かっていたことだったが、今こうして冷静になってみても、まるで一国のような巨大組織という印象が強い。
デスクワークが得意そうな人たちもいれば、全身をがっちり固めた甲冑の方々も廊下を往来していて、私がこの場にいること自体が場違いなんじゃないかと、今更のように思えてきた。そりゃまあ、異世界人なんだから場違いではあるんだろうけど。
どうしてまたこんな場所に呼び出されたのかは分からない。
心当たりがあるとすれば、とうとう私の正体が異世界人だと周知されてしまい、規定に基づいて処刑を宣告するとか、そういう方向性くらいなのだけど。
「こちらになります」
そうして、自警団さんに案内を通された先は、まあカオスな場所ではあった。
一方を見れば、筋肉ムキムキの男たちが汗だくになりながらもソイヤソイヤと掛け声をあげながら訓練に勤しむまさに暑苦しい光景。
一方を見れば、リーダー的な人が何人もの甲冑男たちの前で演説のように小難しいことを延々と指揮とっているビジネスライクな光景。
ここが自警団の本拠地。確かに言われてみればその通りだ。
日夜町を守る人たちの基地なわけだ。そのイメージにはピッタリと当てはまる。
しかし、まるでこれから巨大なドラゴンと一戦を交えようとしているような、そんな気迫がこの本拠地から発せられている気がした。
「来たな――ルック」
ずしんずしんと重量感のある図体の大男が、その重々しい声を私の頭上から落とすように現れた。こういう場面で出くわすと、実にしっくりと似合っている。
自警団の中でも偉い人オーラがビシバシに出ているくらい。
「ファイドさん。話があるというのは、ファイドさんだったんですか?」
「ああ――そうだ」
ファイド刑事とは今朝、ホテルで別れて以来で、そのときに見張りの人をつけてもらってから特に話もしなかった。まあ、昨晩の時点で色々と済ませてしまったところもあったのだけれども。
「奥に応接室がある――そこで話をしよう」
そういって大男はずしずしとその圧倒的な存在感を誇示しながらも、私についてこいと言わんばかりに背中で語る。勿論、ついていかないといけないんだけども。
死刑台送りではないことを祈りつつ、私はファイド刑事さんを追った。
※ ※ ※
装飾がやたらと豪華なふっかふかソファに、ゴウゴウと火の炊かれたレンガ造りの暖炉。これって案内される場所、間違ってないよね。
王族とか貴族が招かれるレベルの応接室に思えるんだけど。
そんな私の田舎丸出し、というか異文化に馴染めないおどおどっぷりも意にも介せず、ファイド刑事はとびきり大きなソファにずっしんと腰を沈める。
いつまでも立ちすくんでいても仕方ないので、私もテーブルを挟んで向かい側のソファに腰を掛ける。見た目以上に上質な素材なのか、お尻が食われるかと思ったレベルで沈み込んでいってしまった。
「随分と――ギルドでは活躍しているようだな――ルック」
まるで学校のテストで満点を取った娘を褒める父のような言い回しにも聞こえる。皮肉でもなく純粋に褒めてくれてはいるのだろうか。
何処からか手配してきたのか、何枚もの書類をばさっとテーブルの上に差し出す。
もし、勘違いでなければその書類は、私がこの異世界に来て、ギルドから受注し、終わらせてきた仕事の数々だと思われる。
監視下に置くといった張本人だけに、そういった細かいところの調査も済ませてきたということか。
「この報告書も読ませてもらった――宝石商の盗まれた鉱石――現場に駆けつけて直ぐに犯人を割り出したそうだな――ふむ」
そんな事件もあったなぁ、なんて思ってしまう。数時間くらい前の話だと思うのだけど、無心で色んな事件を解決していたから既に遠い記憶のよう。
「我が輩としては驚きを隠せぬ。この手の事件は――解決まで長いからな。勘の鋭い小娘とは思っていたが――いやはや」
なんだかかなり高く評価してもらっている様子だ。それはそれとして嬉しいことではあるのだけれども、肝心の話が分からない。
「それで、ファイドさん。私に話というのは? まさか異世界人だとバレてしまったから身を隠せとか、そういう話ですか?」
不安に思っていたところをそのままぶちまけてみるも、見当違いなくらいに空ぶりだったのか、ファイド刑事にはスンとした鼻息ひとつで笑われた。
「その点は心配ない――ただ、異界の者の能力には感心してしまってな。いや――本来は接触するべきではない――我が輩自身もそう言ったとは思うのだが――これだけの活躍をしてくれるのなら――そう、一つ協力を頼みたくなった」
実に言いづらそうに言葉を慎重に選んでいることは分かった。
異世界人が処刑というのも、異なる文化や異なる文明によって秩序が乱されるからという理由で定められた賢者の意志だったか。
そこまでを分かっていてファイド刑事さんが、私に頼み事?
「ルック――もの探しが得意な某に、依頼をしたい」
「私にお仕事、ということですか」
ちょっぴり張り切りすぎて仕事を頑張った結果がコレなのだとすると、私という人間は探偵としての才能が溢れているのかもしれない。そんなことは前々から分かりきっている話なんだけどね。
「まさか断ったら処刑ですか?」
「強要するつもりはない。我が輩にだってプライドはある――そんな取引をするほど落ちぶれていると思ってくれるな」
純粋に仕事の依頼となるらしい。とはいえ、いくらファイド刑事さんがそういっても私の立場からしたら断りづらい話であることにはかわりない。
「じゃあ、まず話だけ聞かせてください。私にだって無理難題はありますから」
建前上はそう言わざるを得ない。
それにしても、探偵になってからこうやって対面で依頼を受けるのはこれが初めてということになるのか。そう思うと、なんだかそれまで書類もらって、現地に行って、書類で報告しての流れとは違って、気が引き締まる感じがある。
やっと私は探偵になれたんだって、そんな気さえしてくるくらいだ。
「仕事の内容というのは――もの探し、だ」
それはそう。これで恐ろしいドラゴンを倒してほしいなんて依頼が来たら、私は尻尾巻いて逃げる以外の選択肢がなくなってしまうところだ。
ふと、何の気なしに壁の方を見てみたらハンティングトロフィーが目についた。狩人さんとかが捕えた獲物の剥製を飾っているアレだ。その中に、私の人生の中で目撃した記憶のない生物のものがそこにあり、ほんの少しギョッとする。
あんなのと戦うのはごめんだ。
「わざわざ依頼するっていうことは、かなり難しいものなんですか? 念のために言っておきますが、私は戦闘においてはからっきしですよ」
つい怖くなって釘を刺す。
「何――ルックが戦うことはない――それは我が輩たちが引き受けるからな」
そのファイド刑事さんの言葉の意味を解釈し、私はハッと気付く。
そして、この仕事を断るべきかもしれないという選択肢が私の中に浮き上がってきたのを、確かに感じた。
これはファイド刑事さんから提示された、危険なクエストだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます