第28話 ウィズ白猫

 ※ ※ ※


 日の光を見ることのないドワーフの里の宿で一晩が明けて、未だ尚、馬車に揺られているような心地で目覚めた朝は、どうにも複雑な心境ではあった。


 別にそれは、同じ部屋の隣のベッドで寝ていたはずのマコフさんがいつの間にか白猫の姿ですやすやと丸くなっていて、一瞬チェイサーと見間違えてビックリしたとかそういう話ではなく、それはそれとしてビックリだったが別の話だ。


 これから私は仕事として、盗掘団のアジトに向かう。はたまた盗掘団の残党を見つけ出して追跡調査をしていかなければならない。

 それがとにもかくにも憂鬱で仕方なかった。


 銃社会でさえ縁のない世界で生まれ育ってきた私が、剣と魔法とファンタジーの世界で探偵らしい仕事ができるのだろうかという不安が強い。

 ひょっとしてハッとしたら尾行に失敗して殺される可能性が格段に高い。


 ナイフで返り討ちに遭うか、魔法で消し炭にされるか。何にせよどうにせよ、あまりにも危険度合いが未知数すぎるのだ。


「おはよう、ルックちゃん。今日はお仕事頑張ってね」


 いつの間にか目を覚まして、いつの間にか人間の姿になっていたマコフさんが癖なのか何なのか自分の手の甲をぺろぺろしながら声を掛けてきた。まだ少し寝ぼけているような気がする。


「はい。なんとか盗賊の埋蔵金を見つけてみせます」

 とりあえず何もツッコミを入れることなく強い意気込みで返してみる。


 一番手っ取り早い話としては、もうこの時点でマコフさんにチェイサーとの連絡を取ってもらって異界を渡る方法を教えてもらうことなんだろうけれども、それをやってしまうと色々な方面で困る人が出てきてしまうのが現状だ。


 自警団のファイド刑事さんは埋蔵金を見つけたいし、賢者のマコフさんも依頼された以上断れないし、ここで私抜きで異世界の問題はその世界の人でどうにかしてください、などと現金に立ち去ってしまうのも非人道的すぎるというもの。


 おそらくだけど、マコフさんでも時間を掛ければ解決することは可能なのだろう。なんだったらこれまでファイド刑事さんが依頼してきた占い師の方々でも同じ。

 それで何がダメなのかって、要するに時間の問題なのだ。


 きっとファイド刑事さんもこう思っている。

 ギルドの斡旋所で電光石火の如く仕事を片付けてきた私、名探偵ルックならば、この難事件もパパパっと解決してくれるのだろうと。過言かもしれないけど、大体そんな感じであることは否定できまい。


 探偵としての実力を期待されているのなら応えるしかあるまい。

 殺されるのは勘弁だけど、私には自警団の皆さんや伝説級の賢者であるマコフさんが護衛についてもらっているのだから持ちつ持たれつ、頼りにさせてもらうまで。


 異世界でだって探偵の仕事は変わらない。

 私は私の仕事を全うするまでだ。


 それに、もしこれが解決できたのなら、きっとこの事件が私にとって異世界で関われる最後かもしれないから。ますます気を引き締めていこうという気分になる。


「ふわぁぁぁぁ……、それじゃあまず腹ごしらえしないとニェ」


 なんか語尾に微妙に猫が残っているような気もしたけれど、特に指摘するのも野暮だと思い、一先ずは朝ご飯をいただく方針をとることにした。


 ※ ※ ※


 ドワーフの里。というか、溶岩がグツグツしている岩場だらけの地下都市。

 マコフさんの熱を遮断を魔法が掛かっていなければ、サウナのような熱気に当てられて数時間も持たないような気がする。


 石レンガを踏み外したり、落盤でも起きようものなら溶岩の中にダイブしてしまいそうな恐ろしい場所ではあるけれど、町を行き交いしている人たちは特に気にしている様子はない。住めば都とは言うけれど、異常にもほどがある。


 まあ故意に柵や塀を飛び越えようとしない限りは、まず溶岩に落ちることは早々ないだろう。危険と隣り合わせという言い方をするなら、時速数十キロを超える鉄の塊が直ぐ横を走り抜けるような環境で育ってきた私も似たようなものか。


 地獄の一丁目みたいな道を歩き、私はどうにか平常心を保つのに必死だった。

 自警団さんたちを引き連れてぞろぞろ歩くのも絵面的にアレだったし。


 ここは観光地でもなければ繁華街でもない。ドワーフという種族は鍛冶を得意としていて、今のところ見かける建物の殆どはこの熱い環境によく似た工房らしき店が多い。こういう場所だからこそ都合がいいのだろう。


 溶岩熱を利用して製鉄していたり、鉄製品を作っていたりと、生活の知恵を垣間見える。発掘などの作業用道具を売っている店もかなり多い。

 そういえば近くに炭鉱もあるんだったっけ。


 炭鉱で色々な鉱石をたんまりと集めて、それを加工して、そしてまた新しい道具を作って。そうやってここのドワーフたちも生計を立てているのだろう。


 そんな均衡も、盗掘団によって崩されようとしているわけだ。

 政府という大きな組織のない土地では、治安を守るのも一苦労。

 それを補うのがファイド刑事さんたちの自警団ということになるのか。


 かなりの広範囲にわたって活動しているような気がするのだけど、ファイド刑事さんたちの自警団って私の思っているよりも巨大な組織なんだろうか。

 新撰組並みに活発な気がしないでもない。


「ルック――来たか。昨晩はよく眠れたか?」


 ある意味では、この暑苦しい空間に適任と思われる大男が私の目の前に現れる。

 地獄の鬼か? いや、違う。ファイド刑事さん本人だ。


「はい、なんとか。といいますか、ファイドさん、暑くないんですか?」


 うっかり無粋な質問をかましてしまう。重そうな装備で身を固めており、明らかに額からもだらだらと汗だくだ。


「慣れている。まあ――体調管理も――仕事のうちだ」


 そう言いながらかなり太くて大きい水筒を取り出し、ぐびぐびと飲む。

 大事だよね、水分補給。


「それで、ファイドさん。ここが例のアジトなんですか?」


 自警団の人たちに案内されてきたその建物……といっていいのか分からないが、岩やレンガを積み上げられた穴蔵のようなソレは、怪しい雰囲気しかなかった。

 撤去最中の廃墟だと言われたら信じるレベル。


「我が輩たちも――何度か足を踏み入れているが――まずはここを調査してほしい」

「分かりました」


 意を決して、盗賊のアジトへと立ち入る。

 入り口のすぐそこには階段があり、そこから降りられるようになっていた。

 熱を遮断されている私でも分かった。多分、ここ涼しい。


 ゆっくり一歩、また一歩と地味に足場の悪い階段を下っていき、アジトの奥へと進んでいく。するとそこにあったのは木製の扉だ。


 いかにも悪い人たちのアジトって感じがする。

 自警団さんたちが先行して扉を開いてくれた。


 岩の中をくり抜いたかのような生活スペースが目の前に広がる。

 木製のテーブルや椅子が乱雑に置かれており、不摂生かつ不潔な生活感が垣間見えるくらいには酷い有様だ。


 パッと見た感じでは、炭鉱夫が住んでいたと思われる形跡が目に付く。

 ただし、肝心なものがごっそりと抜け落ちている。

 即ちソレは発掘道具であったり、鉱石の数々だ。


 せいぜい残っているのは岩だか泥だか分からないただの塊程度のもの。

 乱暴というか何なのか、綿密な計画を練られていないことを察せた。

 希少な鉱石が採れるとこだけ狙い撃ちして、頂戴して、後は大体放置って感じ。


 盗掘団だもんね。他人の鉱山からそうやって横取りして荒稼ぎしてきたのだろう。

 誰一人として作業員はおらず、もう影も形もないが、悪意の残滓はよく見えた。

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