第27話 苦労のトリガー

 山間の道を、馬車が降りていくのが分かった。それはそれはとても酷い揺れ具合だったからだ。がっちり護衛された旅路とはいえ、快適とは縁遠い。

 その証拠に、馬車内の私もマコフさんも大きく左右に身体を振られている。


 アスファルトで舗装された道路や、エンジン積んだ車両が恋しくなってしまうのもまあまあ仕方のないことだとは思う。文明のありがたみを今まさに反芻した。


 ややもすれば、何やら硫黄のような臭いを感じた。温泉街のようなソレ。

 ドワーフの住まう集落は火山にあると聞いてたから、おそらくそのせいだろう。


 何とはなしに、温泉も湧いているのだろうか、などと安直な発想が頭を過ぎってきたりもしたが、私はここに至るまでそんな情報は耳にはしていなかった。

 もし温泉集落だったのならもう少し話題にも上がってもいいはずだ。


 私の中のささやかな期待と疑問に答えるかのように、周囲の気温が上昇していくように感じた。それはとどのつまり、目的地の状況を示している。


 客室の側面の窓から少し顔を覗かせて、進行方向、前方を確認してみた。

 見えたのは、先導する自警団さんたち。そしてその先に、どう見ても生い茂った木々の見えない山だった。


 もしかしなくとも、あれが目的地になるのだろう。

 この馬車は荒れ果てた火山に向かっている。


 ワイバーンの群生地に近い位置にある炭鉱とまでの情報は把握していたつもりだったけど、まさか人の住めそうにない土地に集落があるとまでは予測していなかった。


「どう? ドワーフの里、見えてきた?」


 どう、って。どうしてあなたはそんなにのほほんとした笑顔でいられるのだろうか。もう既に真夏の炎天下並みに暑くなっているような気がするのに。

 そろそろ日が暮れようとしているのにこの気温は明らかにおかしいでしょ。


 私のファンタジー知識の欠落が露呈してしまった瞬間か。

 ドワーフってエルフみたいに森の中に住んでいるのかと思っていた。

 そうか。岩の中に住んでいるのか、ドワーフって。


 そうこうしていると、刻一刻と馬車は山へと近付いていき、その正面に大きな洞穴も見えてきた。進行方向が変わることはない。あの穴の中に入っていくらしい。


「集落って、洞穴の中なんですね……」

「うふふふ、ドワーフという種族は地下に都市を築きますからね」

 常識ですよ、という口ぶりでマコフさんに笑われてしまった。

 そのからかうような態度、どことなくチェイサーに似ている。姉妹だな、やっぱ。


 よそ見している間に、馬車が岩場にぽっかりと空いた天然のトンネルを潜っていった。もうサウナのように熱気が凄いことになっている。


 さながら、工場生産されているバターロールの気分か。

 このままトンネルを抜けきったらこんがりと焼き上がっていそうだ。


 蒸し暑く薄暗いトンネルの先に光が見えてくる。

 閉塞的な空間から一気に開放的な空間に。

 かと思いきや、それがお日様の光とは違うものだと分かった。


 溶岩の国。そんな印象を抱くのはごく自然なことだったと思う。


 見るからに無骨な石造りの建造物がそこかしこにあり、溶岩の上に積み上げられた要塞のようになっていた。

 てっきり蟻の巣みたいに穴蔵のような構造をしているかと思いきや、東京ドーム何個分というレベルに広がっていて、馬車の中からでは端が見えない。


 大きな地震が起こったらどうなるんだろう。そんな不安が過ぎってしまうくらいには、生活環境に岩場が浸食しすぎている町だ。


「ここが……ドワーフの里……、あ、暑い……」

 特に激しい運動をしていないのに汗が滝のように吹き出してくる。


「ルックちゃんは暑いの苦手? じゃあちょっとジッとしてて」

 何をするつもりなのか、マコフさんはその手に持った杖を私の頭上にまで掲げる。


 仰いでいるわけでもないのに、そこから冷たい風が吹き出し、青白い光がチカチカと降り注いできた。何これ、魔法? 本物の魔法?

 そんな呑気に構えていたら、私の体から熱がスッと引いていくのを感じた。


 さっきまでオーブンの中にいるみたいな暑さだったのがウソのよう。

 私の周りだけ熱を遮断されているのか、何とも不思議な心地だ。


「あ、暑くない! ありがとうございます、マコフさん」

「うふふ、どう致しまして。もし暑くなってきたらまた言ってね」


 あの姉がいて、この妹。マコフさんって相当の苦労人な気がする。

 手慣れた感じでケアしてくる辺り、チェイサーの振りまいた迷惑をこれまでも幾度となく対処してきたことが察せる。

 さながらチェイサーはマコフさんにとって苦労のトリガーか。


「さあ、目的地に着いたぞ。長旅ご苦労」


 馬車の扉が外側から開けられる。自警団さんの一人がそこに立っていた。

 見ているだけでこっちの方が汗かくほど暑そうな格好。


「あ、はい、ありがとうございます」


 自警団さんの差し伸べる手を拝借して、私は馬車から降りた。

 心なしか、岩肌の露出する石畳も熱したフライパンになっているような気がする。

 少なくとも、裸足で歩いたら夏の砂浜よりも酷いことになるのは目に見える。


「よいしょっと~」


 私の後ろに続くように、マコフさんも降りてくる。

 白くてモフモフの猫獣人っぽい格好しているから自警団の人みたく物凄く暑そうなんだけれども、汗一つかかず爽やかそうな顔を崩さない辺り、多分自分にも熱を遮断する魔法を掛けているのかもしれない。


「それじゃ行きましょっか、ルックちゃん」

「はい」


 とびきり明るめに言ってくれるが、今回このドワーフの里に訪れたのも盗掘団のアジトを調査するためである。

 間違ってもピクニックとかハイキングそういうノリではない。


 まあ、元よりこんなグツグツと煮えたぎる溶岩のよく見える危険極まりない景色の広がる場所では、旅行気分にもなれそうにない。


「あちらに見えるのが今夜宿泊する宿です」


 自警団の人の指し示す建物は黒く固そうな石レンガでできた大きな建物だった。

 見た目からして丈夫そうで、溶岩に飲まれても大丈夫そうな安心感がある。

 さっきまで私たちが乗っていた馬車も、自警団の皆さんが乗ってきた馬たちも、宿の納屋っぽい場所に運ばれ、連れていかれ、収納される。


 あの黒いレンガには断熱効果もあるのだろうか。囲ってあるあの場所だけ別世界のようにも感じられた。不思議な素材もあったものだ。


 それはさておき、私とマコフさんと、自警団の方々を引き連れた団体様ご一行は宿に入る。視界の中に溶岩がなくなっただけで急に涼しくなったように錯覚する。


「あれ? そういえばファイドさんって一緒に来てなかったんでしたっけ?」


 あの重量感ある巨体が見当たらず、思わず問い訊ねる。

 私の記憶では、出発するときにはいて、責任持って守る的なことを言ってくれたような気がするのだけれども、宿のフロントに集まった自警団の中にはいなかった。


「ファイドなら早馬で先に着いてたみたいよ」


 マコフさんがさらっと言う。そういえば、さっき納屋っぽい場所に既に馬が一頭いたような気がする。


「口止めされてたわけじゃないから言っちゃうけど、早いところ埋蔵金の在処を突き止めたいからできる限りの情報を集めるんだってさ」


 一体いつの間にそんな会話をしていたんだろう。

 どうもファイド刑事さんはこの一件を大分気負っているような印象が強い。


 盗掘団が隠した財宝がどれだけ重要なのかは異世界人である私にはてんで関係のない話なのだけど、何人も占い師さんを雇ったり、しまいには賢者さん、私にまで依頼した辺り、かなり必死っぽいのは分かる。

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