第六章 最後かもしれないから

第26話 無礼なストーリー

 ガタゴトと、あまり整備されていない悪路を車輪が均すよう。馬車の中は貴族用にか内装こそ凝っていたけれど、この酷い揺ればかりはどうにもならないらしい。

 半日くらい窓の外を眺めていたけれども、景色が変わっているような気もしない。


 かなり広大、というよりも存外、馬車の移動スピードの限界ということなのだろう。まさかエンジンを搭載した車じゃあるまい、常に全速力で走り続けているわけでもないので、こんなものなのかもしれない。


 私の乗っている馬車の客席の窓からは前後の光景が見えないが、この馬車の前方にも後方にも馬に跨がった自警団の人たちが護衛してくれている。


「退屈ですか?」


 白い髪、白いもふもふの猫耳の賢者、マコフさんがおっとりとした表情でこちらを伺ってくる。もう何時間も会話相手がこの人しかいない状況だ。

 最初こそもう少し会話もテンポよく弾んで続いていたのだけれども、大分話題も尽きてしまったようで、沈黙の時間も伸びてきた。


「長旅ですからね……マコフさんは慣れているんですか?」

「私は馬車を使わないので」

 うふふ、とはぐらかすように言う。


 私が、私たちが今こうして馬車に乗って、護衛されながら向かっている先は、ドワーフの里と呼ばれている集落になる。


 どうしてまたこんなことになっているのかは説明するまでもない。

 自警団さんからの直々の依頼によって、盗賊たちが隠したという埋蔵金の在処を調査するためだ。


 報酬として、元の世界に帰るための方法を教えてもらうということになっているけれども、その実、自警団さんも、一緒に馬車に同伴しているマコフさんですらも、その方法というのは知らないという。


 なら、何故そんな成り立ってもいない条件を飲んで依頼を受けているか?


 何を隠そう、ここにいるマコフさんは異界を渡る手段を知っているというチェイサーの妹さんであり、姉のチェイサーの居場所を突き止める方法、説得する手引きならできるというのだ。


 コレも正直、交換条件としては弱いようには思えるのだけれども、あのチェイサーの気まぐれっぷりは今の私には御しきれないし、姉妹という立場はとても強い。


 チェイサーは紛れもなく私の知りたいことを知っており、それでいて会話が成り立たないことも分かっている。それを上手いこと繋いでくれるというのなら断るには惜しい。そう判断した。


 ちなみに、ちょっと気になっていた話。チェイサーとマコフさんは、元から猫なのか、猫獣人なのか、それとも元々人が獣化した姿なのかという素朴な疑問。

 答えだけ言うと、姉妹のどちらも人間らしい。姉のチェイサーは筋金入りの人間嫌いらしくて、かなりの頻度で猫の姿で生活しているのだとか。


 まあ、ステーキ肉をムシャムシャ食ってても人間ならさほど塩分過多にならないだろうし、日頃から猫の姿を当たり前としているのなら野性的な気質も頷ける。


「そういえば、チェイサー……お姉さんは有名な魔術師さんなんですか? 獣化魔法も使えるし、異界のことにも詳しそうでしたし」

「そうですね。姉さんと比べたら私なんかは半人前もいいところなのですが……名声には関心がない人でしたので、姉さんの分の功績も私のことになっているところもあるんですよ」


 私はマコフさんのことをよく知っているわけではない。

 ただ、物凄い有名な人であり、数多くの功績を残したということは聞いた。


 そんな伝説級の賢者が半人前って、どういう次元の猫なんだ、チェイサー。

 得体の知れない感じはあったけれど、よもや神話級の存在なのか、アレ。


「ところによっては、むしろ姉さんの名を公表するなって言われるくらいで。つくづく表舞台には縁のない人なんですよ」


 この馬車の中で聞いた限りでは、何処かの国の偉い人を侮辱しただとか、一触即発級にヤバい重鎮な人に刃向かったりとか、聞く話、聞く話、チェイサーに関しては無礼なストーリーが繰り広げられていた。


 人間嫌いで猫になった大賢者、か。


 正直、チェイサーが元人間だと聞かされた今でも、猫であるイメージは根付いているし、多分当人としても人間であることに嫌悪すら感じているのでは。

 それで人をからかうことが趣味だなんて、厄介な猫だ。


 そして、そんな猫に関わってしまった私も、ついてない。

 誰も予測しようがない話だ。友達のお母さんが飼っていた猫を連れ戻すつもりが、まさかそれがとんでもない猫で、異世界に引きずり込まれてしまうなんて。


 憂鬱のあまり、窓の外に溜め息を流す。気付いたときには、外の景色は大分変わってきていた。さっきまでは平原で、ちょっと前までは森の中だった気がする。勾配がついてきたかな、と思ったらもう山の中に入っていたようだ。


「この峠を越えたら目的地よ」


 もうそんなところまで来ていたのか。正確な距離までは分かっていないけれど、馬車の時速から考えてみても、ローカル電車で一駅くらいの距離だろうか。

 それもかなり基準が曖昧すぎるアレなんだけど。


「盗賊に襲われなくてよかったですね」

「まだまだこれからよ、ルックちゃん」


 安堵の一言を笑顔で一蹴される。まだ目的の場所に着いてもいないのに、その発言は早すぎたか。この山の中で襲撃される可能性を考慮していなかった。


 自警団さんたちに護衛されているのもあるし、この馬車にもマコフさんが同乗していることもあって、かなり緊張しっぱなしの馬車旅ではあった。

 本音を言ってしまうと、早く解放されたいという気持ちが大きく、そのせいで先走ってしまったのだろうな、と。


「まあまあまあ、私がいるからルックちゃんは安心してていいんだけどね」

 そう余裕たっぷりの笑みで付け足された。


 今回の旅に同行している理由も、マコフさんの手厚いサービスの一環のようなものらしい。どうにもあのチェイサーに厄介なことをされた人は世界各所にいるらしく、姉の尻ぬぐいとしてそういう慈善事業をしているのだとか。

 なんともはや気苦労の絶えない妹さんだろう。


 ただ、マコフさんが私に接触してきたのは、何もチェイサーのことだけではないのだとか。もう少し厳密に突き詰めると、盗賊の埋蔵金探しを手伝ってくれる人を探していたというのが大きな理由だと説明された。


 複雑な事情が絡み合っていて私自身もまだ把握しきれてはいない。


 事の発端は、ファイド刑事さんの話にもあったようにワイバーンの巣の近辺にある炭鉱から鉱石を盗み、密売していた盗掘団を捕えたところから始まる。

 アジトまで特定できたのに今まで稼いだ財産の隠し場所が分からず、何人もの占い師さんに依頼してきて、それでも見つけることができなかった、と。


 自警団としては一刻も早く見つけなければならない状況だった。それで次にダメ元で声を掛けたのがマコフさんだった。

 異界の情報を探ってる人物――つまり私のことを探しに来ていたところ、ギルド側に捕まってしまった、という感じか。いわゆる有名税って奴かな。


 マコフさんも仕方なく渋々引き受けることに。でもいくらマコフさんでも占い師とは違って、もの探しは得意としていなかったから困ってしまった。

 そこからファイド刑事さん経由で私の話を聞きつけて、今に至ると。


 探し物が得意で、異界からやってきた女の子がいるぞ、という感じでね。

 まったく数奇な話もあったもんだ。


 ファイド刑事さんからしてみたら立場上、財宝を探し当てたい。

 マコフさんからしたら頼まれた仕事は立場上、断れない。

 相互利益のために、私が中心に組み込まれたわけだ。

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