第25話 刑事も探偵も、お姉さんも
「ファイドさん。私がつい昨日、異界を渡る者の情報について提供できますかって訊ねたとき、協力できませんって答えましたよね?」
目の前のソファにズゥゥンと座る大男は、実に分かりやすいくらいに困った顔をしていた。この取引は、やっぱりフェアではない。そう思えてくるほど。
「そうだ――協力することはできない。確かに――そう言った」
もう少し義理堅く、嘘を嫌う人だと思っていたけれども、昨日の今日でこの手のひら返しは奇妙すぎるくらいの違和感しかない。どう考えても何か心変わりする大きな要因があったことは明白。
「ふぅ――下手な言い訳はしない。もう少し順立てて話をしよう」
観念したようにファイド刑事さんが深く溜め息をつく。どうにも複雑な事情が絡み合っているような気がする。
「仕事の全容は――説明した通りだ。盗掘団を捕え――財宝の在処を特定しきれなかった。何人もの占い師を雇い――無駄に終わった。だからこそ、ルック――某の力が必要だと思ったのだ」
嘘をついている様子はない。申し訳なさそうな、面目なさそうな感じだ。
「しかし――あまりにも危険な依頼になる。その対価となるものを検討していた、そんなときだ――」
不意に。
本当に、不意に。
応接室の扉が見計らったようにバンと開いた。
「私が声掛けさせてもらったのよ」
突如として、知らない女の人が乱入してきた。
白いローブを頭からすっぽりと被り、まるでおばけごっこしている幼児のような格好をしている、大人の女性だ。
ただ、ローブの上からでもプロポーションは隠し切れてはおらず、全身をローブに覆われているというのに女性だということが特定できるくらいには立体感のあるボディをしていた。
片手には年季の入っていそうなとんでもなく装飾のごてごてとした杖を持っている。この時点でただものではないことは明白だ。
杖にも真っ白な羽、真っ白な水晶がついており、白統一が激しい。
白い。ただただ白いという印象しかない。
一体この人は何者だろう。そう、予測を立ててみた。
「私は、マコフ。ルックちゃん、以後よろしくね」
マコフと名乗った白い女性が握手を求めてくる。
私はその握手に応じ、そして結論を弾き出した。
「
「え? 何?」
驚き、退く、マコフさん。
同じように、ファイド刑事さんも固まっている。
「マコフさん。あなたはチェイサー……あの白猫の姉または妹さんですね?」
「どういうことだ――我が輩はまだ何も――」
ファイド刑事さんも、図星を突かれたかのように焦りの感情を出す。
「あらまあ……あらあらまあまあ……、まだ名前しか名乗っていないのに、どうしてそんなことまで分かっちゃったのかしら」
わざとらしいくらい、マコフさんはおろおろとして見せた。本当にわざとらしく、それも演技のように見えたけど、一先ず置いておく。
「ここまでの話で、あなたが異界の情報提供者であることは明白でした。つまり私に依頼を引き受けさせるための報酬を用意してきた人物。もうこの辺りでかなり絞り込めてきます」
「ふぅん、それでそれで?」
マコフさんは白い杖を掴んだまま腕を組んで見せる。
「私だってこの町で昨日も今日も沢山情報収集してきましたから、異界を渡る者であったり、高度な次元魔法の使い手がいないことは知っていました。この町の人じゃなくて、且つ同じくこの町の人でもない、ほんの三日前にフラっと現れた私みたいな人に適切な情報を提供をできる人物がそういるとは思いません」
「それが白猫と繋がるの? 私、見ての通り人間なんだけどなー」
猫なで声で扇情的に言ってくる。
隠しているっぽいからそろそろ指摘してみよう。
「その、頭から被っているローブ……脱ぐことはできますか?」
私がそういうとマコフさんは、やれやれといった表情でファサっと頭だけはだけた。すると、ローブの下にあったのは白い髪と……耳。
ただの耳ではない。頭の上の方についているモフモフの耳だ。見るからに人間のものではなく、どう見ても猫耳以外の何者でもない。
さっきからローブの上部がピコピコ動いているのが見えていた。
「ただの獣人ならこの町でも珍しくはないんですが、あなたの持っているその杖、かなり年季の入ったものですよね。ただの魔法使いでもない。だとしたら、あなたは賢者……それも高尚な……」
「そんなことまで分かっちゃうんだ」
マコフさんがニヤニヤとした表情を浮かべてこちらを見る。
構わず私は言葉を続けた。
「おそらく獣化魔法を使える伝説級の賢者。そんな必然と有名人がこの町に滞在していたとしたら……まあ大騒ぎですよね。実はさっきも噂話がちらっと流れていたんですよ。あまり関係ないと思って聞き流してはいたんですけど……」
「あららら~、有名人ってこれだから大変なのよね」
照れるようにして言う。
「ルックちゃん。あなたの見立てでは私は只者じゃない、猫耳の賢者だというところまでを推測したみたいなんだけどー、それであなたのよく知る猫と繋がってくるのかしら?」
何やら楽しくなってきたのか、マコフさんもウッキウキな様子で訊ねてくる。
「あなたが白猫であること。それも一つ。ひょっとしたらあなた自身がチェイサーである可能性も考えました。でもそうなると情報提供してくれる意図が分からなくなる。私に条件付きで情報提供する立場の人間となったらもう、チェイサーと関係しているものしかいない。だから身内って思ったんです」
「あの人自身が情報提供する気がないみたいな言い回しね」
「ええ……だって、チェイサーはそこまで性格はよくないですから」
とうとうマコフさんはそこで吹きだしてしまった。
よっぽど面白かったらしい。
「ふは、あはは、さすが、あの姉さんに目をつけられたことだけはあるわ」
「私の推理、いかがでしたか?」
「寸分の違いもなく、完璧だったわ。じゃあもう一度改めて自己紹介させて。私はマコフ。チェイサーの妹よ」
いい笑顔を見せてくれる。この悪戯好きっぽい笑みは、どことなくチェイサーによく似ている。まさかの姉妹がいたとは初耳だ。聞いてもいなかったけれど。
それも、人間の姿をした妹さんがいたなんて。
口調はチェイサーとは全然違うけれども、声の感じといい、猫っぽい仕草といい、そっくりすぎて、マコフさんが猫なのか、猫がチェイサーなのかが分からなくなってくるくらいだ。
「改めてよろしくお願いします。マコフさん」
二度目の握手を交わす。
「さぁて、何処まで話が進んでたっけ……ああそうそう。この度はうちの姉さんが迷惑掛けてごめんなさいね。神出鬼没で気まぐれなものだから、知らないところで色々と厄介なことを喜々としてやっちゃう姉なの」
姉に対してこの妹、結構しっかりしている気がする。
「異界の情報を探る女の子がいるって聞いて飛んできたの。それでギルドにも確認してみたらさ、もう驚いちゃったね。ファイドが異界から迷い込んできた女の子がいるとか言うし、姉さんが関わってると聞いたらいてもたってもいられなくてね」
「うむ――半ば、無理やり吐かされたのだが――」
ばつの悪そうな顔でファイド刑事が言う。なんだかさっきから調子がおかしそうにしていたのは、マコフさんのせいなのかもしれない。
「じゃ、じゃあ、マコフさんは異界を渡る方法を知っているんですか?」
「いえ、全然知らないわ」
かなりきっぱりストレートに否定されてしまった。
あれ、じゃあこの話は破談ということになってしまうのでは?
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