第19話 ステーキな金縛り
私の見えている範囲に、藁人形を持っている人なんていないし、勿論、釘をカンカンと打ち付けている人だっていない。だけど、今、呪いの儀式が行われているというのであれば、それが答えなのではなかろうか。
思わずテーブルから離れようとした、そのとき、自警団の人がキッと私を睨み付け、あたかも面倒臭い子供を見かけたかのように前に立ちはだかった。
「アンタ、怪しい動きをするなと言っただろう」
食堂内で目を光らせている自警団さんは、どうにも私を容疑者に含んでいる以上、やはり自由を与えてはくれないようだ。
「どうした――自白する気になったのか――ルック」
そこでズンズンズン、と近寄ってくるのは大男のファイド刑事だ。低く重い声は威嚇のソレによく似ている。カツ丼を用意してきてくれるのならその提案にも乗ろうとは思うが、実のところ犯人は私ではないので却下だ。
「ファイドさん。呪いの儀式って肉と刃物だけでも成立したりするんですか?」
「何が言いたい。おそらくだが――多分――可能だろう」
自信なさげながらも回答をいただけた。まだ、半信半疑だ。
しかし、その言葉を聞いて何かを閃いた様子だった。
すかさず、私は自分のテーブルの上にあった皿とフォークを手に取り、ソレをファイド刑事さんの前に突きつけて見せた。
「これはどうですか?」
ファイド刑事の眉がピクリと動く。あの顔は、ひょっとすると、という表情でもあり、先を越された、という表情も混じっていた。
そのヒントを得て、ファイド刑事が真っ先に、我先にとそのテーブルに向かって移動し始める。ズシズシズシ。もう巨人の行進だ。
ついでだから私はそのファイド刑事の後ろにこっそりとついていく。
「おい――某は、肉が嫌いなのか?」
ファイド刑事の目の前にあるのは、ステーキの乗った皿だ。
見たところ、一口も手を付けられた様子はない。
ただ、そのステーキには少々奇妙な点が見られた。
「え……? なんですかな……? 急に何を言われるかと思えば……」
行商人らしき男が、ファイド刑事の強面に戦く。
さっきまで余裕ぶっていた男は、酷く狼狽えた様子だ。
「我が輩が訊いている――某は肉が嫌いなのか?」
ファイド刑事は同じ言葉を繰り返す。
何故、そんなことを訊ねるのか。そのステーキが一口も食べられていないから、ではない。そのステーキには、どういうわけかフォークが刺してあったからだ。
テーブルマナーをよく分かっていない私でも分かる。
ステーキはフォークを刺し、そしてナイフで切り分けて食べるものだ。
まず食べやすい大きさにしないことにはステーキというものは食べられない。
ところが、このステーキはフォークが刺さっているだけで、ナイフの跡は全く見られない。
事件が起きて、途中で食事を中断されたものだったとしても、こんなにも身なりの良い行商人が、そんな下品なことをするのだろうか。
少なくとも商談相手との印象は最悪だろう。
「おい――その男を拘束しろ」
「はっ!」
ファイド刑事の一言で、男の身柄は確保。
そして、テーブルの上にあったその中途半端なステーキをあたかも危険物を取り扱うかのようにそっと持ち上げ、シスターのいる場所へと運ぶ。
「シスターさん。コイツは――どうだ?」
ファイド刑事さんが皿をシスターさんに差し出した。
ガリガリのファットマンさんの前で祈り続けていたシスターさんは少しの間を置いてファイド刑事の方に向き直る。まるで汚物でも突きつけられたかのような俊敏な反応だった。
「なんて禍々しいのでしょう……間違いありません」
そういってその皿を受け取り、また懐から小瓶を取り出して、中の水を垂らす。傍から見たら隠し味でもつけているかのようにも見えなくもない。
ステーキの表面は、とっくに冷えているはずだろうに、まるで熱湯のようにポコポコ、プクプクと泡を立てていた。
その様子をジッと眺めて、シスターさんは呼吸を整える。
爆発物の解体処理でもしているような緊迫した面持ちで、そのステーキに刺さったフォークをそっと……抜く。
すると、ステーキも、そしてフォークも、煙のように瞬時に蒸発する。
あれは呪いが解けたということなのだろうか。
「ぐぎゃあああああぁぁぁぁぁぁぁあああっっ!!!!」
突然、男の悲鳴声があがった。振り返ってみると、あの行商人さんだ。
苦しそうに自分の首を掴み、口から血を滝のように吐き出す。
見る見るうちにガリガリに痩せこけて、ファットマンさんみたいになった。
「呪いが――返ったようだな」
ファイド刑事が納得いったという顔で呟く。
よくは分からないけれど、呪いは失敗したらそのまま掛けた本人に戻っていく仕組みらしい。その言葉、その表情からはそう読み取れた。
「ファットマンさん、ファットマンさん……呪いは解けましたよ」
ガリガリのミイラと化したファットマンさんは、辛うじてヒューヒューと息をしている。どうにか呪いを解くのは間に合ったようだ。
まだ喋る余裕もなさそうだが、一命は取り留めたっぽい。
さっきまではピクリとさえ動くのも辛そうな状態だったが、徐々に活力も戻ってきた様子だ。ステーキが消失したことで、全身を取り巻いていた金縛り的なものも解除されたのかな。呪いについてはよく知らないからアレなんだけども。
「おい――ルック」
「……はい」
頭上からファイド刑事のギンギンとした眼圧を浴びる。このまま殴られたりするのだろうか。そう思うくらいの殺気を感じていた。
しかし、次の瞬間やってきたのは拳ではなく、手のひらだった。
「一応――感謝する。我が輩では――恐らく媒体を見つける前にファットマンは死んでいた」
大男の大きな手が私の頭を撫でていた。子供扱いされるのは正直アレなところはあるけれど、ファイド刑事さんからの敵意めいたものが解けたのを実感し、なんとも落ち着いた気分になれた。
ファイド刑事さんも、やはりあの状況下でかなり焦っていたのだろう。急がなければ護衛対象の命が危ぶまれるような状態で、こんな広い食堂の中にいる犯人をピンポイントで見つけるなんてプレッシャーも半端なかっただろうし。
時間を掛ければ勘の鋭いファイド刑事さんだって見つけられたはずだ。
でも、今回はあまりにも猶予を割かれていた。ファットマンさんが助かって何よりもホッとしているのはファイド刑事さんに違いない。
「それはそれとして――ルック。某にはもう少し話を伺いたいのだが――どうかね」
バイザウェイ。強烈なプレッシャーを頭上から感じる。
さしものファイド刑事とて、私の怪しさ全開っぷりをそのまま放置する気は毛頭ないようだ。
できることなら余計なことはせずに、この場は解散として、高級ホテルの一級品のベッドにダイブして就寝といきたかったのだが、それは無理そうだ。
「ファイド刑事! この者はどうしますか?」
自警団さんの一人が、確保していた行商人をさして訊ねる。
血をゲロゲロと吐き出し、スプラッターな光景が広がっている。
あれって内臓がズタズタにされているんだよね……。
一先ず可愛そうにという感想も、哀れだという感想も、今のところ出てこない。
「ファットマンと同じくらい苦しんだら――じきに戻る。しっかりと拘束して――連れていけ」
テキパキとファイド刑事さんは指示をこなす。
そのまま仕事に専念してくれたら私としても嬉しかったのだけど。
「――で、ルックよ。我が輩は――気が短いのだぞ」
やっぱりか、ファイド刑事さんは私を逃がす気はない模様。
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