第18話 肉と皿と食器と呪われし何か

 さて、ここはどうしたものだろう。酷く怪しまれてしまっている状態で、出入り口も封鎖されてしまっているというこの状況下。下手しなくても長時間拘束されることが目に見えている。


 もし、本当にこの広い食堂の中に呪いを掛けた犯人がいるとするならば、ファイド刑事並みの知識となるけれど、その筋の専門家ないし、呪いを掛けるための儀式的なものの準備をしなければならない。


 何処かの個室に隠れているのならまだしも、こんなに開けた場所で堂々と儀式をするなんて度胸があるなんてレベルじゃない。何をどうすることが儀式に該当するのかまでは分からないけれど、少なくとも道具の一つや二つはあるはず。


 私の知る呪いなるものの儀式といったら、藁人形に呪う対象の髪の毛や爪などを入れて、深夜、誰にも見られない場所で釘を打ち付けるイメージだ。


 ホテルの食堂の中で、藁人形を持っている人は見当たらない。仮に、藁人形に該当するようなものを持っている人がいたとしても、自警団の人たちが直ぐに見つけ出してしまうだろう。今のところ、そんな様子はなさそう。


「そこのアンタ。持ってるものを全てテーブルの上に出せ」


 そうこうしていたら自警団のうちの一人がぶっきらぼうにそう言ってくる。まあ、持物検査くらいはきっちりやるよね、そりゃあ。


「はい、どうぞ」


 とはいっても私も手ぶらで、持っているものといっても財布とかの小物類しかない。ここでうっかりスマートフォンとか文明の利器が飛び出した日にゃあ「なんだこの奇っ怪な道具は!?」と疑惑指数が高まったことだろう。


「これだけか? 他に隠しているんじゃないのか?」

「なんにもないですよ」


 持物が少なくても結局怪しまれてしまうわけだけど。しょうもないので、上着を脱いでみたり、ポケットを裏っ返して見せたり、ぴょんぴょんと跳ねてみたりする。

 カツアゲされているみたいだ。でも何もないことは証明されたっぽい。


「媒体はそんなに小さいものじゃないはずだ……」


 ブツブツ言いながら自警団の人は私の脱いだ上着を念入りに調べてくる。ちょっとこういうのを見せられるのは正直嫌な気分にはなる。パンパンと叩いてみたり、バッバッと埃を落とすみたいに振ってみたり。当然何も出てこない。


「ご協力、感謝する」


 敬礼みたいなポーズを添えて、自警団の人は定位置につく。


 今のやり取りから分かったことと言えば、呪いの媒体なるものは手のひら程度の大きさくらいを想定しているというくらいか。おそらくコインより小さくはない。


 テーブルの下とかの死角で、コイントス感覚で呪いの儀式ができたらそれはもう対処しようがないだろうし、もっと分かりやすい形をしていると思われる。


 自分の持物検査が終わったことをいいことに、別のテーブルを眺めてみる。


 他の場所もやはり念入りにチェックされているようだけれども、特別に怪しいものが出てきているところはなさそうだ。服を脱いだりするのを嫌がって躊躇しているところはいくつか目に付くくらい。


 今のところ目に付いたものとしては冒険者と思わしき方々の隠しナイフ的なものか。護身用に備えているのがよく分かる。だが、それでは呪いを掛けるものとしては弱いようだ。藁人形と釘でいうところの釘なわけだし。


 ずばり自警団さんたちが見つけたいものは呪いを掛けるためのアイテム。

 しかし、見つかるものと言ったらついさっきまでディナーを楽しんでいた食堂だったものだから、肉と皿と食器。そこに呪われし何かは見当たらない。


 ファイド刑事も一層と顔が怖く怖くなってきている。見ているだけで分かる。捜査が難航しているのだろう。

 さっきの話を聞いた感じでは、あのファットマンさんが殺害予告を受けて、その護衛として自警団さんたちがやってきたっぽいのに、結果としてファットマンさんはガリガリにされて苦しんでる状態。ファイド刑事の面目丸つぶれだ。


「シスターが到着しました!」


 食堂の出入り口の一つが開き、そこから外の自警団さんたちに連れられてきたのは教会のシスターというイメージがピッタリの女性だった。

 黒一色の洋装をしていて不吉感の全く感じられない清楚な容姿だ。


「ファットマンさんはどちらですか」

「こちらです。早く診てください」


 チラッと顔が見えた。優しそうな、まさに聖母のような顔をしていた。こんな状況でも落ち着き払ったハスキーボイスは、小動物のような尊い響きにも聞こえた。


「これは大変……聖水を」


 シスターさんは懐から取り出した小瓶の蓋をキュッと開け、まるでドレッシングを振りかけるようにファットマンさんの顔に中の水をぶっかけた。心なしか、ファットマンさんのガリガリの横顔がほんの少し安らいだように見えた。


 続いて、シスターさんは両手を握り合わせ、祈る。透き通るような声でお経のような言葉を延々と繰り返し繰り返し唱え始めた。

 よもや、こんな興味深い光景を見られるとは思わなかった。


 シスターさんの握られた両手が発光する。神秘的だ。これぞ奇跡だ。

 懐中電灯を握っているわけでもないその手が眩いくらいに光っている。

 手品なんかではない、本物の何か。


 エルフや獣人などはこの世界に来て何度か目撃したが、こんな奇跡のような光景を実際に目の当たりにしたのは初めてだ。散々魔法だの呪いだのよく分からんファンタジー要素は耳にしていたけれど、実際に目の前で見ると感動を覚える。


「……強い呪いですね。まだ近くに呪いの根源があるようです」


 私の目には、シスターさんの両手が光っているだけの光景なのだけれども、そこで何か呪いとの格闘が繰り広げられているのか、シスターさんは何とも辛そうな声を挙げ、額からは汗も滲み出てきていた。


 呪いの根源。そんなことを言われても、自警団さんたちにも、ファイド刑事にも、皆目見当もつかない様子だった。


「シスターさんよ――それはまだ呪いの儀式が続いているという意味か?」


 ファイド刑事が低く重い声で訊ねる。シスターさんからの返事は肯定の頷き。

 まいったな、という表情をしている。


 だって、今、まさに持物検査をしている最中で、呪いの道具らしきものは見つかっていないし、こんな状況で儀式をしている人だって見当たらない。


 何か、前提条件が違うのだろうか。

 犯人はこの食堂の中にいる二十何名かのうちの一人。

 呪いを掛けている道具もこの食堂内にある。

 そして、今もまさに呪いの儀式は続いている。


 もしかしたら、まだ何かを見落としているのかもしれない。

 私は、今一度、食堂内を見回してみる。


 服を脱いだ貴族。椅子に座っていてしょんぼりしている。可愛そう。

 頑なに服を脱ごうとしない冒険者。自警団の人も困っている。

 持物検査も終わって澄ました顔の行商人。なんとまあふてぶてしい。

 ダメだ。人が多すぎる。どの人も怪しく見えてしまって分からない。


 テーブルの上を見てみる。大体は財布とかの小物類。まさか食事するのに余計な荷物もあるまい。あとは護身用ナイフとかそういうものくらい。


 他をどう見渡したところで、今日のディナーの跡ばかり。

 ステーキやら、サラダやら、スープやら。それらは丁度さっき私の食べてきたものと大差ない。メニュー自体は同じだった様子だ。

 食事を邪魔されてしまったこともあり、手を付けられないまま放置されてしまっている皿もいくつか目に付いた。


 でもひょっとして……、あるいは、ソレが答えなのだろうか。

 私の仮説が正しいならば、私は今、呪いの儀式を見ているのでは。

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