第17話 ルックと秘密の猫
混乱に飲まれている食堂の中で、ある程度の人が浮き彫りになってくる。貴族の方々は食事の邪魔をされて大層ご立腹。落ち着き払って席で待機しつつ様子を伺っているのは冒険者だろうか。そして一番注目を浴びているのは自警団たちだ。
それにしたって自警団の人々は何処から現れたんだろう。まるでこの事件が起こることを予め分かっていたみたいに、近くで待機していたような気がする。
少なくとも私とチェイサーが食事をしている最中にはその姿はなかった。悲鳴を聞きつけて部屋に飛び込んできた感じだ。
まさかホテル専属の従業員じゃあるまいし、そもそもこのホテルには警備員っぽい人も配備されていたからそれはないだろう。
「おい、そこの女。怪しい動きをするなよ」
自警団の人に言われる。別に私は変な動きをした覚えはないのだけれども。状況が状況だけに物凄くピリピリしているのは分かる。あまり刺激しない方面で承諾するしかない。
「おい――小娘。何処かで見た顔だと思ったら、ルックではないか」
周囲を見渡していた大男、ファイド刑事もこちらに気付いたらしい。
こちらに近付いてくるなり、ズゥゥンと重い声で話しかけてきた。
なんともはや物凄く怪しんだ顔をしている。まあ、向こうもあまりこちらを善良なる市民とは思ってなかったっぽいし、そういう反応にもなるか。
「あの、今朝はどうも。名前を覚えててくれたんですね」
「どうしてここにいるのか――いや、どうやってここにいるのか。よもや、我が輩の後をつけてきたのではなかろうな」
愛想笑いを向けるも、社交辞令を突き抜けてかなり警戒心の強い睨みで返されてしまった。今朝会ったときよりも随分と不機嫌に見える。犯人捜しに躍起になっているのは分かるけれど、どうにも今回は私を容疑者に含めている様子だ。
「ギルドで頑張ったら思いの外、結構な収入があったのでお高い宿を紹介してもらったんですよ」
これ、嘘偽りもない、純度百パーセントの真実です。
しかし、ファイド刑事は言葉の端から端まで信用している様子はない。
考えなくとも分かることだけれども、今朝まで泊まっていた宿はギルド公認の中でもランクの低い格安の宿だった。
そこに泊まっていた私はその時点でギルドにおいても最下ランクの客という扱いのはずだ。それが何をどうしたら今は上位ランクの高級ホテルの食堂で食事をしているというのだから怪しまない方がおかしい。
「今朝――宿を飛び出していったそうだな。猫のカゴも部屋に置きっ放しにして」
「ええ、肝心の猫が逃げ出してしまったものですから。そういえば、カゴのことをすっかり忘れていました」
本当にそのときは慌てていて、白猫――チェイサーに元の世界に帰る方法を教えてほしかったあまり、宿を飛び出してしまった。それから別段、宿には戻っていないし、なんだったらギルドでお仕事の斡旋してもらっていた。
それを傍から見ると、なんだか怪しい行動をしているように思えてしまう。
「この床に落ちた皿は――なんだ? 血がついているな」
丁度私のいるテーブルのすぐ横においてあったソレをファイド刑事が拾い上げる。
ソレが何であるかは分かりきっている。猫のチェイサーのご飯用のものだ。
当のチェイサーは何処かに逃げてしまったからその皿には舐め残したステーキの血のあとが少々残っている。
「猫用のお皿ですよ。さっきまでそこにいたんですけどまた逃げちゃったみたいで」
ファイド刑事には私があまりにも白々しいウソをついているように見えているのだろうな、ということは容易に想像できた。
「それよりも、あれ、一体なんなんですか? 人が、しわしわのガリガリになっているんですけれど……生きているんですか?」
「おそらく衰弱系統の呪いだ。生きてはいるだろうが――早く解呪しなければ危険だ。内臓がグチャグチャにされて――血を吐いているようだ」
それを聞いたら急にこっちも吐き気を催してきた。ただ単に痩せ細っているんじゃなくて、中身から苦痛を与えているのか。さっきのステーキが喉まで来た。
「それじゃあ早く呪いを解ける人を呼んでこないと」
「既にシスターは手配してある。もう間もなく来るだろう」
やはり何故だか分からないけれど、準備が良すぎる。
「ファイドさんはこの事件が起こることを予測していたんですか?」
「違うな――予告されていたのだ。あの男――ファットマンのもとに、脅迫状が届けられていた。金をよこさなければ殺す――そんな大胆不敵な予告がな」
あのガリガリに痩せ細ってしまったあの人、ファットマンさんっていうんだ。
さっきからテーブルの上で身動きも取れなさそうなんだけど、本当に生きているんだよね……?
「犯人の目星はついているんですか?」
「脅迫状だけでは特定はできん――だが、呪いともなれば――その系統にもよるがある程度絞り込むことはできる。我が輩は呪術には詳しくはないが――この類いは相手の居場所を認識していれば発動することができる」
なんでファイド刑事は私の方をギロリと睨み付けているのでしょう。
「例えば――ファットマンの顔を見られる位置に座っている――某とかな」
「ええと、この食堂内にいる人なら全員容疑者ということでしょうか」
あからさますぎる発言は華麗にスルー。
「悲鳴が上がったとき――我が輩や他の自警団は食堂の外に待機していた。直ぐに呪術師を確保できるようにな。よって――自警団は容疑者にはなりえない」
自分たちは早々に容疑者から外れるわけだ。
「一応確認ですが、例えば、あのファットマンさんがテーブルに座っていることを事前に知っていれば居場所を認識? できることになりますけど、そういう場合でもこの呪いって発動できたりするんですか?」
強面の大男、ファイド刑事は言葉に詰まった顔をする。自身が詳しくはないといった通りのようで、あまり突っ込んだところは分からないみたいだ。
「できない――とは思うがな」
とりあえずできないということらしい。それではやっぱり呪いを掛けている犯人は食堂の中にいるということだ。すると、この食堂内にいるのは、貴族か、上位の冒険者か、はたまたホテルの従業員のいずれかになる。
軽く数えても二十人より多い。さすがに容疑者が多すぎるのでは。
「この呪いの条件って他にも何かあるんですか?」
「少なくとも――呪いは媒体が必要不可欠だ」
その媒体とは、については特に話してはくれないようだ。黙秘しているというよりも分からないというのが正確か。さしものファイド刑事も、専門外のことに関しては突っ込んだことを言えない様子。
そういう言い方をしてしまえば、私も同じようなものだ。
魔法とかナントカはまるで分からない。現状で言えることはこの広い広いホテルの食堂の中にいる人で、何か呪いの儀式的なことをしている人がファットマンさんに呪いを掛けた犯人だということだ。
「もし容疑者ではないと主張するつもりがあるなら――怪しい動きをするな」
そういってファイド刑事さんは、私のテーブルの上に、チェイサー用の皿を置いて、立ち去っていった。あの分ではまだ私は容疑者から外れてなさそうだ。
正味な話、異世界から迷い込んできた私には、この世界においての身分証明書なるものもないわけで、探りを入れられたら怪しさの塊でしかない。
この世界が超高度な文明のある場所でなくて、今だけはとりあえず、ちょっとだけホッとした。無論、それ自体は何の解決にもなっていないけれど。
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