第4話 謎解きは夜食のあとで
「ここがギルド、ですか」
猫ちゃんの入ったカゴを片手に、私はその大きな建物の前に佇んでいた。もう既に夜更けだというのに、パッと見でも人の出入りは多いことが分かる。
手元からニャーという鳴き声が聞こえてきた。
「ごめんね、あなたの飼い主に会わせたいんだけど、もうちょっと待ってね」
言い聞かせるように猫ちゃんに返事をしておく。はたして、そのもうちょっとがどれくらいになるのかは不明である。
意を決して、私はギルドの施設へと立ち入った。
中は思っていたよりもファンタジー。先ほどの酒場が実に古ぼけた木造の老舗だったということがよく分かる。きっと穴場的な場所だったに違いない。
一歩目の印象としては、荘厳な神殿か何かと思ってしまったくらいだ。ギルドって確かアレよね。商業組合の施設とかそんなアレだったよね。
日本で言ったら職業安定所とかそういう立ち位置だと思ったけれど、どうにも私の知っている知識とかとは噛み合っている気がしない。
床も壁も柱も大理石でできたロビーに、彫刻のついた噴水まであしらえて、受付窓口みたいのも右に左に正面にといくつかあった。儲かってるのかな、ギルドって。
それぞれの受け付けに並んでいる人の格好を見るに、ただの商人だったり、冒険者だったり、はたまた技術屋さんだったりで分けられているのだろう。
さて、私が行くべき窓口は何処になるんだろう。行商人でもないし、探検家でもないし、鍛冶屋さんでもない。そう、私は探偵。しがない探偵である。
でも、この世界には探偵なる職業もないらしいし、何処か丁度いい窓口はないものだろうか。
ここまで来ておいて踵を返すこともないだろう。あの胸毛おじちゃんにも言われたように、窓口をあたって保護してもらえるか相談してみることにしよう。
というか、保護とはどういうことなんだろうね。本格的に迷子の子供みたいに扱われてるのかな、私。一応二十二歳よ、二十二歳。
日本の戦国時代だって十代にもなれば立派な大人よ。
まあ、他に頼れるものがないのも事実。藁にもすがる思いだ。目の前にあるのは藁どころか大理石いっぱいなわけだけれども。
ともかく、入り口のすぐ横に立っていた甲冑の人に尋ねてみる。
「あのぅー……すみません、私、道に迷ってしまったものなのですが」
第一声、とんでもなく情けない声を出してしまったと我ながら思った。
「何? 迷子? キミは何処の国の出身だい?」
優しい男の声が聞こえてくる。
どうしよう。日本といって通じるのかな。
「日本……という国なんですけど」
「ニホン? ちょっと聞いたことないなぁ。相当な田舎から出てきたみたいだね」
案の定である。
「このままだと知らない街の路頭にさ迷わなければならないんです……どうしたらいいでしょうか……?」
甲冑姿の男の人の顔は、鉄の仮面の下に隠れてしまってうかがいしれないけれど、酷いため息をつかれたことは分かった。色々な意味で可哀想だと思われたのかもしれない。
「安心しろ。正面のあの窓口に行け。そこで相談に乗ってもらえるはずだ。今夜の宿くらいなら心配ないだろう」
あら、優しい。甲冑男が指差す先を見てみる。そこには、なんだろう。どう言ったら失礼に当たらないのかが難しい。とかく路上生活のエキスパートみたいなオーラをかもしだす強豪たちの姿があった。
とどのつまりは、今の私の同類ということになるのだろうか。いたしかたないとはいえ、そこに参入していくのはちょっと覚悟がいる。
このギルドに立ち入ったときの倍は覚悟を決めなくては。
猫ちゃんの入ったカゴを片手に、ずいずいずいと私はその窓口へと歩を進めた。
「こんばんは、こんな夜更けにどうしましたか?」
こちらに気付くと、受付の女の人が優しくほほえみかけてくれた。確かにこんな夜中に何の用だとは言いたい。しかも、猫ちゃんを引き連れて。
どうしよう。どういう切り口で話すべきだろう。ええい今更迷っても仕方ないか。
「笑わないで聞いてほしいんですけど、私、とある人に頼まれて、この猫を探していたら……その、いつの間にか全く知らない土地にまで迷い込んでしまったんです」
正直に答えた。吹きだしても仕方ないと思った。自分でもバカらしいと思う。
だけど、受付のお姉さん、天使のような優しい微笑みで、「あらまあ」と一言。
「それはそれは大変でしたね。帰り道も分からないのですか?」
「ええ、まったく。一日中走り回っていたもので、何処から来たのかもサッパリ」
逆に、私がこんなことを言われたらとんでもない不審者としか思えない。
よもや、異世界にまで迷い込んだとまで言ったら蹴り飛ばされる覚悟もある。
ところが、天女のようなスマイルをたくわえたお姉さんは私の言葉に嘘偽りもないという確信を抱いているのか、心配そうに振る舞う。
「なるほど。分かりました。それでは宿を手配いたしましょう」
え? いいのっ!? 思わず大声でツッコミそうになったのを堪える。一体ここはどういう窓口なんだ。商人組合とか事業協会とかそういうのじゃないのは確かだ。
「私、この町の住人とかでもないんですけど、いいんですか?」
「そうですね。どのくらい滞在されるのか申請していただければ問題ありませんよ」
逆にこの人、何言っちゃってんの、ってレベルだ。
私、迷子。おうち分からないの。
じゃあ、宿を手配しますね。
って、どういうやり取りなんだ、コレ。
「あ、あと……お金もなくて……」
「あらあら、それは大変ですわね。今日の分はこちらで負担します。ですから次回からはちゃんとお支払いくださいね。ああ、仕事の斡旋はアチラの窓口です」
至れり尽くせりか、この女神。
下手したらこの場で門前払いかと思いきや、スムーズにタダで泊まれそうだ。
おまけに仕事まで紹介してもらえて……。
いやいや、そこまで世話になっちゃダメなんだけどね。
私、自分の探偵事務所も持ってるんだから。
「ありがとうございます。恩に着ます」
でも、そうやって甘えるしかない自分が情けなく感じるのであった。
「それでは、ご案内します。そちらの方についていってください」
優しく美人な女神のようなお姉さんが呼んできたのは、さっきの人とは違う甲冑の男だった。同じような格好をしているけれど、多分違う人だ。
「うっす。宿に案内するっす」
こんな喋り方でもなかったしね。
「よろしくお願いしますね」
軽く会釈すると、甲冑男も返してきてくれた。
本当のところは、もう少し考えるべきことがあるはずなのは分かってる。
そもそものそもそも、どうして私は異世界に来てしまったのか、っていう重大な謎があるんだ。
何処の道をどのようにしてどうした結果、未知の世界にまで辿り着いてしまったのか。
慌てるべきだと思うし、冷静ではいられないとも思う。
だって、トラックに轢かれたわけでもなく、変な魔法陣を踏んだわけでもないのに、どうやって異世界にまで辿り着けるっていうのか。
「知らない土地に迷子って辛いっすよね。ああ、そこの宿屋は夜食も出るっすから安心してほしいっす」
でもま、状況が状況だし、仕方ないよね。
どっちゃり、ごっちゃりとした謎が山積みになっているのはよぉく分かる。
でもいいよね。謎解きは夜食のあとでも。
え? さっきも特盛りのパスタを一所懸命たいらげるのに必死だったって?
いいのよいいの。きっとこれからこれほどいい思いできるような気もしないし。
今のうちに存分に堪能しておかないと、後悔する。推理しなくたって分かることだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます