第14話 うしろに立つ白猫
町は夕暮れ色に染まりつつも、その賑わいは一層高まるばかりで、むしろこれからが活気づいていくとでも言わんばかり。
これでは早いところ移動しないとただでさえ人混みの波が激しいのに、身動きがとれなくなるレベルのビッグウェーブが押し寄せてきそうだ。
ギルドから出てきた私は、半ば急かされるようにその地図を広げながら今夜泊まる宿の場所を確認する。
昨日はギルドの人に道案内をしてもらったけれども、今日はまだ日も落ちていないので、自分の足で向かうことにした。
石畳を蹴り、異世界人の雑踏を避け、進んでいった先に、その宿があった。
ただ、はたして、それを宿と呼んでよかったのだろうか。
「ここで……間違ってない、よね?」
見上げた建物は、昨日の木造の宿と比べるとかなりの大きさだ。レンガ造りでオシャレなオーラをまとっている高級ホテルみたいだ。入り口には警備員らしき人たちまで待ち構えている。まさかドレスコードで引っかかったりしないよね。
ギルドから紹介されておきながら門前払いではシャレにならない。思わず髪が乱れていないか指先で整えてみたりする。
「お金……足りるかな」
今日だけで結構稼いできたつもりではあるけれど、さすがに高級なホテルに一泊という前提では考えてなかった。日雇いアルバイトの日給でビジネスホテル泊まりなんて贅沢なのではなかろうか。せめてマンガ喫茶。いや、ないだろうけど。
意を決して、ホテルへ飛び込んでいく。
「ルック様ですね。お待ちしておりました」
「ひゃいっ!?」
警備員っぽい人に声を掛けられて飛び跳ねそうになった。
初見なのに顔を覚えられている。どういうことだ。
私は自己紹介だってまだしていないのに。
いつの間にか有名人になってしまったのだろうか。いくらなんでも昨日の今日、異世界に来たばかりでそんなことってあるの? きっかけも分からないし。
「あの私、ギルドの紹介で来たんですけど、そんなにお金持ってなくて」
咄嗟になんとも情けない申告をする。
「心配ございません。ルック様のご宿泊代はギルド公認保険により割引させていただきますので」
なんだそれは。そう思って記憶の糸をたぐってみる。なんかそんな説明をされていたような気がしないでもない。あのスキンヘッドのおっちゃんも、最初に仕事を始める段階で保険加入みたいな話を勧めていたような。
結局のところ、この異世界では怪我も病気も、はたまた人の生き死にも私の生きてきた現代社会と比較すると本当にグレードが違う。だから冒険者とかそういう人たちの中でより活躍している人は宿代とかウンと安くなったりするとか言ってたっけ。
そういえば、私、何ヶ月か分の仕事を半日で終わらせてしまったような気が。
それがこの結果か。こんな高級ホテルも格安の価格で泊まれてしまうのか。
というか、多分昨晩泊まった宿でちょいとトラブルがあったことも加味されて、お詫び的な意味合いもあるのかな。
なんかちょっと悪い気がしてくる。別に私はゴブリンとかオークとか、ドラゴン退治で頑張ってきたわけじゃないのに、数字的な意味で優秀と判断されたからなんかめちゃくちゃ優遇されているということなのか。
こういうのってギルドに通い詰めていた勇者パーティみたいな人たちが本来優遇されるべきなんじゃなかろうか。いいのかなぁ……。
まあ、ギルドからの紹介で来たんだし、断る方もアレか。
逆に、今後こういうギルド割が利くんだったら活用しない方がまずいかもしれない。探偵にできる仕事もギルドにたんまりとあるわけでもないっぽいし、ハッと気付いたら一気に金欠になりうる可能性すらある。
「どうぞ当ホテルで癒やしの一時を満喫ください」
警備員っぽい人が会釈を添えて言う。
昨日の宿から一気にクラスチェンジしすぎ感を今ここでツッコんでも仕方ないので、とりあえず私はフロントへと向かい、チェックインを済ませることにした。
※ ※ ※
「それではどうぞごゆるりと」
「あ、はい、ありがとうございます」
扉が閉まり、そしてハフゥと一息。
案内された部屋は想像していた以上に豪華だった。
ベッドもフカフカだし、窓辺にはソファまである。クローゼットや鏡台まである完備っぷり。まともに宿泊したら有り金全部消えていたのでは。
ここにテレビとかまでがあったら私の知る世界のホテルと見間違うレベルな気がしてならない。部屋の照明も電気じゃなくて魔法石っぽいものが組み込まれているようで、綺麗な火が灯っている。
ソファにふっかりと腰を下ろし、今日一日分の疲労感を吐き出すように、また大きめの溜め息をつく。突然海外旅行にきた気分だ。
昨晩の宿屋がギルド公認の中でも下のランクだったことがよく分かる対比。
多分、本当だったらギルドでコツコツと仕事をこなして、オンボロ宿から中堅の宿屋へと徐々に格上げしていってこのホテルにまで上り詰めるんだろうな。
私ときたら一気に上位クラスまで来てしまった。
ホテルでのんびりすることが今の目的ではない。
安定した拠点を確保したところで、次の目的はあの白猫を探すことだ。
どうすることで見つけ出せるのかその算段は正直ない。
今頃ひょっこりと私のいた世界に戻っていて、飼い主を自称する婦人の家でくつろいでいるのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
とにかく、かなりの神出鬼没感が否めない。特定できる要素が少なすぎる。
白猫が見つからなかったときのことを考えたら、次の一手は何になるだろう。
やはり占い師さんみたいな人を探してみるしかないだろうか。
残念なことに今日のところは、そういった人と出会う機会はなかった。明日は一日掛けて占い師さん的な人を探してみるかな。
やっぱり一刻も早く元の世界に帰りたいしね。
私としては元の世界で行方不明届けが出される前に、というか、建てたばかりの事務所の家賃が滞納する前に帰って、普通の探偵に戻りたいのが本音だ。
こんな異世界で探偵業務をこなすことは私の本意ではない。
というか、下手したらドラゴンに襲われてパクリと丸呑みされてしまうかもしれないような場所で生きていく自信がないし、そんな危険なところにいられないといった方が正しい。
私、新海ルック、二十二歳。剣と魔法の織りなすストイックワールドで生存するサバイバル能力は持っていないのだ。いくら探偵といえど、バリツなるものも習得していないわけだし。
また変な事件に巻き込まれる前に白猫を探すか、占い師さんを探すか。いずれにせよ、今の私にできることは何かを探すことだけ。まあまあ探偵らしくていいんじゃなかろうか。
「おや、今日は泣いていないんだニャ」
背後からの声に思考が停止した。
今の一瞬に何が起きたのかを脳が理解しようとして、オーバーヒートしたことは間違いない。私に視界にその白猫が映ったその時、私は言葉を発するという機能すら剥奪されたのかと思ったくらい。
部屋の窓から侵入してくるその白い物体を、どうしたかったのかを思い出すべく、私は私の頬をかなりキツめに叩いた。
「おや、変な顔をしてどうしたのやら。にらめっこなら勝ちを譲ってやってもいい」
「あ、あ、あなたに訊きたいことがあるのよ」
闖入者、白猫は以前として態度を変えず、あたかもそこが最初から自分のテリトリーであるかのように振る舞い、そしてあろうことかベッドの方に飛び乗って丸くなった。この白い毛玉は、私に今夜はソファで寝てろとでも言いたげだ。
「で、一体、何を訊きたいのニャ?」
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