探偵は異世界で何ができるのか

松本まつすけ

プロローグ

序章 探偵は異世界にいる

 私こと、新海あらみルック、二十二歳は今年の四月に晴れて大学を卒業して、色々な経緯もあり、自分の探偵事務所を建てるにまでこぎつけた。


 それはもう学生時代から色々な人に色々な支援をしてもらったその結果であり、その諸々についてはバッサリ割愛するとして、私のこれからの人生はどんなものになっていくのか、ほのかな不安と期待で胸一杯だった。


 ともかく新海探偵事務所は、いずれ有名になっていくのか、はたまた翌年まで持つのかさえも定かではなかったが、最初のお仕事の依頼が舞い込んできたことだけは明確に話しておこう。


 別に、いきなり殺人とかそんな難事件なんかではない。かつて敏腕警部が泣く泣く迷宮入りさせた怪事件といったものですらない。


 もっともっと簡単で、シンプルなもの。知り合いのご婦人、というか友達のお母さんの飼っていた猫が逃げ出したから探してほしい、って依頼だ。


 決して、私、ルックはガッカリなどしてはいない。むしろ嬉しくて涙が出てきそうなくらいだった。そりゃあもう、全力で猫の一匹や二匹、いっそ百匹だって探し出してやる! なんて意気込んだ。




――が、思わぬアクシデントに見舞われてしまったようだ。




「ここ……何処?」


 弁明させてほしい。私は、方向音痴ではない。自分の住んでいる町の地図だって穴が空くほどにらめっこしまくって丸々暗記しちゃってるし、隣町にポーンと放り出されたって徒歩で自宅まで帰れるくらい熟知している。


 そんな私であるにもかかわらず、今、自分が何処にいるのかが分からなくなっていた。これはこれはとんでも事件ではないか。


 今は令和の時代であり、私の住んでいる町は田舎とも言い難く、見上げればコンクリートジャングルな環境だった。


 そのはずなのだが、どうしてだか分からない。見慣れたビル群が見当たらない以前の問題として、いやに古めかしい建物が並んでしまっている。


 古めかしい、というのも正しい表現ではないのかもしれない。どちらかといえば、そう、ファンタジー。ゲームとかそういうのでお馴染みの、ファンタジーな世界観の町のど真ん中に、私は一人、ポツンと立っていた。


 少なくとも言えることとして、ここが日本である可能性が極めて皆無だ。周囲を見回してみたって、それはもう明白すぎて仕方ない。


 石畳の道路を馬車は走っているし、金髪で目も青くて耳のとがったエルフっぽい人たちは歩いているし、商店街っぽいところではヒゲもじゃで背のちっこいドワーフのような人が武器を売っている。


 とてもではないが、この光景が現実のものとは思えない。


 ゲームのやりすぎで、おかしな夢でも見てしまっているのだろうか。


 だとすれば、一体何処から私は居眠りをしてしまったのか。


 確か数刻前の私は、その卓越した推理力によって、婦人の猫ちゃんの居場所を突き止めて、見事猫ちゃんを発見。あとは捕まえて婦人に帰す。それだけだったはずなのに、なんとまあ逃げられてしまい、それで猫を追いかけてきた。


 そしたら、ここだ。私はここにいる。


 不思議の国のアリスじゃあるまいし、そんなことってあるのだろうか。大体私が追いかけたのは猫であって、二足歩行の兎ではない。


 現実なのか。コレは本当に現実なのだろうか。そうじゃなくとも深刻な幻覚を見ている。ええい、夢なら目を覚ませ。とっとと目を覚ますんだルック。


「おい、お嬢ちゃん、どした」


「ひゃいっ!?」


 急に声を掛けられてビビり倒してしまった。振り返ってみると、なんともブッサイクな猫……と思わしき人が二本足で立っていた。なんだこのオッサン猫獣人。


 私の探している猫は、少なからずともこんなオッサンではない。


「迷子になっちまったのかい?」


「い、いえ、逆です。迷子の猫ちゃんを探しているんです。小さくて、その真っ白い猫なんですが……えー、はい、女の子なんです」


 テンパるテンパる。私は二十二年生きてきて、二足歩行の言葉を話す猫と対峙した経験などあろうはずもない。こういうときの適切な対処法を誰か教えてほしい。


「ぁー、そんな子、さっき見かけたナー。向こうの酒場の方さ。目立つ白だったからよぉく覚えてるナー」


 オッサン猫がナー、ナーと野太い声で鳴く。顔もブサイクなら鳴き声もブサイク。だが、思っていたよりも心の方はイケメンだった。本当にごめんなさい。


 人は見かけによらずとはよく言ったものだが、幸いにもそれはこんなブサイクオッサン猫にもしっかりと適用される言葉だったらしい。


「ありがとうございます! 早速そっちを探してみます!」


 そういって私は、ペコリとお辞儀して、心だけはイケメンのオッサン猫の指し示した方角に向かって走り出した。


 返事の代わりに、またナーと野太い声も聞こえたが、心境はそれに関心を抱いている暇すらなかった。


 なんといっても、今の一連の流れに関しては、本当に理解しがたい面も多く、なんとか上手く取り繕えたのではと自画自賛したい気持ちでいっぱいだった。


 ぶっちゃけはっちゃけ、脳内の私は声高らかに絹を裂くような悲鳴をあげてしまうところだったが、どうにかこうにか押さえ込むことに見事成功した。


 これは幻覚、これは幻覚、これは幻覚。本当はここは私のよく知っている町で、本当は周りにはエルフとかドワーフとか猫獣人なんていなくて、私の頭がバグっているだけ。きっとそう。絶対そう。


 こんなに生々しかったら明晰夢だと思う方がおかしい。できれば早いところ病院に駆けつけていきたいところだが、今の私の優先事項は猫ちゃん探しだ。


 そうやって頭の中を整理していかないと、本格的に頭がおかしくなりそう。


 猫ちゃん探しに集中しよう。集中するんだ。集中しやがれ、私の頭。


「あっ!」


 見覚えのある白い猫の姿を見つける。雑踏の中に紛れ込んでしまいそうだったが、それは間違いなく、婦人の猫ちゃんだ。


 首輪もついていたのも私は見落としていないぞ。私の観察眼をなめるな。


「待って! おうちに帰るよ!」


 向こうはこっちに気付いているのかどうかは分からない。ただ、そしらぬ顔で町の何処かに消えていこうとしていた。そうはさせない。


 私は、今度こそ猫ちゃんの姿を見失わないようにして後を追っていく。


「すみません……、ごめんなさい……、通してくださぁい……」


 そこいらを歩いているエルフなんだか、ドワーフなんだか、獣人なんだか分からないけれどファンタジーな人たちに何度もぶつかりながらも、私の尾行は続いた。


 そうして猫ちゃんがピョンと飛んでいった先は、酒場だった。これまた荒くれ者どもがグヘヘと下品に笑いながら酒をグビグビ飲んでいそうな店だ。


 構わず私は猫ちゃんを追いかけ、酒場へとご入店。


 想像通りのファンタジー臭さ全開だった。おかしいな。こんなお店、私の住んでいる町にはなかったはずなんだけど。最近新装開店したとかかな。


 そろそろ自分に言い訳するのも苦しくなってきた、そんな頃合い。


「てめえぇ! やんのかゴルアァ!!」


「ああぁん? 上等だオルアアァ!!」


 まさかのイメージ通りの荒くれ者がメンチを切ってる。いやいやいや、私の町、こんなに治安悪くないよ、さすがに。あんないかつい筋肉ムキムキダルマのオッサンが青筋立てて怒号をあげるような町に住んでないよ、私。


 目が覚めてきた。血の気も冷めてきた。なんなら顔も青ざめてきた。


 二十二歳、探偵、独身。


 私――ルックは、どうやら異世界に迷い込んでしまったらしい。


 どう足掻いても、その事実を受け入れざるを得ないようだ。

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