第7話 まばらなバンド

「もう少し、詳しい話をお願いできますか?」


「何故だ?」


 いかつい顔が私を見下ろして睨む。


「なんか、私が容疑者にされているみたいなので」


「どうしてそう思う?」


 空気がピリピリしているのは察せずとも分かる。かといって猫ちゃんと同じく逃げ場があるわけでもない。なんだったら、今すぐにでもベッドの下に顔から滑り込みたいくらいだ。


「おじさん、さっきから私のことを警戒しすぎです。そんなに見張られてたらそうも思います」


 そう、一挙手一投足見落とすまいと、大男は私のことをあまりにも注視している。


「私も女ですのであまり部屋の中をじろじろと観察されるのも好ましくないです」


 などと付け加えてみる。


「ふむ――それは失礼した――あまりにも怪しかったものでな。例えば」


「例えばこの町の者ではない、遠くから来た人のはずなのに部屋の中に大きな荷物がない、とかですか?」


「うむ、そうだ。猫の入ったカゴ一つだけで旅をするのも奇妙な話だ――そのくせ小綺麗な格好をしている。何か特別な魔法を会得しているのではないかと思ってな」


 旅行鞄の一つでも部屋の片隅にあったら怪しまれずに済んだんだろうか。遠出してきた人間が手ぶらでいるなんて、怪しさ全開すぎるもんね。


「弁明の余地があるか分かりませんが、元々遠出するつもりではなかったんですよ。勿論、家を出る時点では外泊すら考えてもいませんでしたし」


 いかにも言い訳臭い真実を、とりあえず述べてみる。


「まだある――何故扉を開けた時点で事件が起きたと理解できた? 何故――我が輩の顔を見て自警団だと分かった?」


 色々と質問をしたいのはこっちの方なんだけどなー。


「……今朝起きたとき。外がやけに騒がしいのが耳につきました。町の賑わいじゃなくて何かが起きていたのかなって察しただけです。おかみさんも不安や顔してましたしね」


 大男が眉をひそめる。


「それと、こういう状況で宿屋のおかみさんと同行する人って誰ですか? 他の従業員? 家族? 友人? あなたはどれも違いますよね。実はあなたが物凄い悪い人で、おかみさんを脅している……とも考えましたが、私、金目のものもありませんし、要人でもないのにわざわざ案内させる必要もないですよね。となればどんな人だろうって思って自警団かなって」


「観察力が優れているのだな――感服したぞ。さらに怪しい女と認定してやろう」


 それはひょっとして誉め言葉のつもりなのだろうか。少なくとも言葉のチョイス的にもあまり良い気はしない。


「では質問に――答えよう」


 大男がご褒美だ、と言わんばかりに姿勢を正す。


「宿泊客が襲われたというのはさっき言った通り。被害者は下の階――位置関係的に言うと、この部屋の向かいの部屋の真下の部屋だ。ややこしいだろうがな」


 私の昨晩の記憶が確かなら、この宿屋の階層は二階建て。そして階段は玄関の直ぐ手前にある一つだけだ。


 つまり、簡単な話として私の部屋はその被害者さんの部屋から最も遠い部屋だったということになる。


 怪しいというだけで容疑者にされてしまうのは腑に落ちない。だけど、確かこのおじさんは何やら不思議なことを口走っていたはずだ。


「魔法か何か、ただならぬ手段で襲われたって言ってましたよね。何故そう思ったんですか?」


「あ、はい、そのことについては、ですね、わたしの方からお答えします!」


 さっきからぷるぷると震えていた若おかみがここで割り込んできた。まだ若干、足も震えたままだ。


「あのですね、わたしの宿なんですけど、ここの部屋のように北側の客室には窓があるんですけどもね。南側の客室、つまり反対側の部屋には窓がないんです」


 なんか、それはそれでおかしな構造をしている宿屋だな。


「で。で、なんですけど。下の階のお客様の部屋、鍵が掛かっていたんです。もうね、わたし、部屋の鍵を開けまして驚きました。お客様、倒れてらっしゃって! あわわ」


 そのときの状況を再現するかのように慌てふためく若おかみ。


「わたし、もう、もう、慌ててしまって、でも、お客様が心配で、はい。直ぐにギルドに連絡を入れました。それで教会のシスター様にお願いしまして、今、そう、今、治療されているところです」


「あ、お客さんは無事だったんですね」


「ええ、ええ、頭から血を流しておりましたが、大丈夫です。あ、いえ、大丈夫ではなかったのですが、ええと、しっかりと生きておりますです」


 なんともまあ落ち着きのない若おかみ。でも、自分の宿屋で人が襲われたとなっては冷静さもなくなってしまって当然なのかもしれない。


「まあ説明はこんなところでいいだろう。分かったか?」


 大男が若おかみから引き継ぐ。


「ええ。下のお客さんは、窓もなく、鍵の掛かった部屋の中で襲われたということですね」


 密室の中での襲撃。確かにただならぬ手段だろう。


「何かしらの事故ってことは……? 例えばうっかり転んで頭を打ったとかそういうの」


「ああ――説明が足らんかったな。ソイツは毒を盛られたんだよ――教会のシスターはそう判断した」


「わ、わ、わたしもそう思いました! だって顔色が物凄くおかしくて」


「ついでに言っておくが――毒の入った容器も部屋になかった」


 それは確かにただならない状態だ。


「厄介な出血毒だ――目や耳、鼻から血を流す代物なのだとか」


 え、何それ、怖っ……、下手したら死んじゃうじゃないのソレ。


 想像しただけでも身体が震え上がっちゃう。


 そんな毒物も当たり前にあるのか、この世界。


「わたし……わたしも、もう顔中から血を流すお客様を見て声も出ませんでした」


 でしょうね。私も腰を抜かして動けなくなりそう。


「こんな特殊なもの――我が輩も見たことがない。未知の調合法によって生成された毒物なのではないかという判断だ。少なからずとも――被害者が入手することはできなかっただろう」


 未発見の猛毒なんだ……。冒涜的な響きだ。


「その、被害者が生成したという線は完璧にないってことなんですか?」


「身分を詐称していなければ――ない。被害者は、楽団バンドの一員であり――最近腕を怪我して失業した身。自殺の可能性も――あるいは考えられるが――作ることも入手することも無理だと断定してもいいだろう。それくらい特殊な毒だった」


「へえ楽団員さんですか。失業した上に毒を盛られるなんて可愛そうですね……」


 可愛そうの一言で済まされてはいけないと思うのだけれど、会ったこともない楽団員さんに掛けるべき言葉が見つからないというのが本音だ。


「そもそも――どうやって毒を盛られたのかが分からんのだがな。どうして毒を盛られたのかも――分からん」


 ここで、大男さんが大きく溜め息をついた。どうにも捜査は難航している様子。


 そりゃあまあ、私にもピリピリとせざるを得ない。


「大人気の楽団バンドさんだったとかじゃないんですか? 人気に逆恨みして、なんて」


 とりあえず会ったこともない楽団員さんの肩を持ってみる。


「いいや――それも考えたが――ないと我が輩は判断した。調べてみたが、楽団バンドといっても大した人気はなかった。日頃から観客もまばらなバンドだったらしい」


 なんだかそこまで言われてしまうと、ますます可愛そうになってきた。顔も名前も知らない不幸な楽団員さんに同情する。


「――さて、すっかり雑談をしてしまったな。我が輩がペラペラとおしゃべりしてしまったことは内密に願いたい。その代わり――容疑者から外してやろう」


 今の一連の会話から私を見極めた、ってことなのかな。

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