第三章 犯人はネコ

第11話 白猫、ホームへの道を知る

 宿屋の一件のあらましとしては、こんな感じだ。


 若おかみさんは楽団員さんの部屋まで夜食を届けた。それをいただいた楽団員さんは、その場で毒で倒れてしまい、慌てた若おかみさんは部屋の鍵を閉めて逃亡。


 これによって密室の完成。そこには魔法の介入などなかったということ。


 肝心の動機についてだが、そんなものは最初からなかったというのが真実。


 この宿屋には様々な客が訪れる。先週など人を石化させてしまう呪いを掛けてしまうような恐ろしい魔法使いも宿泊していたくらいだ。


 そしてその魔法使いは、魔法を使うための材料などを取りそろえていた。


 石化事件が終わった後、魔法使いの持っていたあれやこれやの荷物は宿屋側が処分することとなり、しばらくの間、倉庫に保管されていたとのことだ。


 この世界に警察組織なるものキチンと存在していたらおそらくそうはならなかったと思う。犯罪者の使っていた持物をそのままとっておくなんて、ギルド公認の宿屋でもなければ許されるようなものでもないだろうし。


 そうして日々、追われる仕事の中、処分する時間もとれなかった若おかみさんは疲れからか、うっかり取り違えてしまったのだ。


 楽団員さんの料理に入れるスパイスを探して、倉庫で見かけた小瓶を振りかけてしまった。それが魔法使いの置き土産である猛毒だったなんて気付きもせずに。


 毒の入った容器なるものが部屋から見つからないのも当然だ。若おかみさんが運んできた料理の中にあったのだから。それも全部若おかみさんが持ち去っていってしまったからそんな証拠も残らない。


 若おかみさんは、やけにずっと慌ただしい態度だと思っていた。


 それに、ファイド刑事さんと一緒にいるときはもっと怯えていた。


 宿屋の仕事が忙しかったとか、ファイド刑事さんの顔がいかつくて怖かったとか、それもあるだろうけれど、一番の理由は自分のしてしまった失敗がバレるのが怖かった、ということだったわけだ。


 ちなみに、時系列的な話をすると、楽団員さんにうっかり毒を盛った後、色々と証拠になりそうなものを処分していたところ、私が宿泊客としてやってきたそう。


 宿屋のおかみさんとして、お客さんをほったらかしにすることもできず、そちらを優先して私を部屋まで案内してくれたのだ。


 私が異世界に来て、途方もない疲労感に苛まれ、ベッドに突っ伏していたその頃、下の階の部屋では血を流して倒れている楽団員さんがもがいていた、と。


 夜のうちに若おかみさんは大慌てで楽団員さんの治療にあたり、らちが明かなくなったのか、教会のシスターさんを呼び、今朝にまで至る。


 今回のことは何か得体の知れない魔法使いの仕業ということにして。


 だけどそんなその場しのぎの口先八丁が通じるわけもない。


 宿泊客をどれだけ調べても、宿屋の部屋をどれだけ探っても何の証拠も見つからなかったのだから、次に何処を探すのかは分かりきっている。自警団の皆さん、そしてファイド刑事さんが倉庫を調べ始めたら一発でバレてしまった。


 事件はこれにて解決。真相は、悲しい事故だったというわけだ。




 ※ ※ ※




 私は泊まっていた部屋で、かなり遅めの朝食をいただいていた。


 その傍らには、ようやくして食事にありつけた白猫も、床に置かれたお皿に首を突っ込む勢いでムシャムシャと貪っている。


 結局のところ、若おかみさんは自警団の皆さんに連れていかれてしまい、どうにもこの宿屋もギルド公認という看板も外されてしまうらしい。


 あの人も別に悪い人ではなかったとは思うのだけれど、宿泊客に毒を盛ってしまったという事実は変わるわけでもない。当人も反省している様子だったので、これ以上悪い結果にならないことを祈るばかりだ。


 もうしばらくしたらこの宿屋からも強制的に出ていかなければならない。


 朝ごはん抜きで閉め出されなかったことが唯一の幸いか。


 すっきりともしないし、釈然ともしない。


 こんな気分になったのもいつ以来だろう。確か学生時代、生き物係が可愛がっていた金魚がみんないなくなった事件の真相を突き止めたときもこんな感じだった気がする。


 どんな悪質な犯人かと思えば、一番金魚を可愛がっていた生き物係の子が餌と間違えて消毒用薬剤を水槽に入れたのが原因だった。


 そんな事実に気づいたときのあの子の悲しい顔は未だに目に焼き付いている。


 真相を暴いてもそれが必ずしも良い結果になるとは限らない、という教訓でもあった。後味は悪い。本日の朝食も実にまずく感じてしまうほどだ。


 バイザウェイ。今の私にはやらなければならないことが沢山ある。そこを忘れてはいけない。


「はぁ~……憂鬱だなぁ」


 口に出してみたら、重くのし掛かってくる現実がさらに圧をかけてくるかのよう。


「裏表の激しい奴だニャア」


 ん? 今の声は誰だ? 部屋の中には私以外に誰もいなかったはず。振り返ってみるも、扉は開いた形跡もない。


 まさか、次元を突き破る魔法を習得した不審者の侵入を許してしまったのか?


 焦る私をよそに、テーブルの上にぴょんと飛び乗ってきたのはさっきまでご飯を食べていた白猫だった。なんて大胆な行動だろう。


 白猫ちゃんは、私の目の前で顔を洗い始める。


 こんなに人懐っこい猫ちゃんだっただろうか。そんな疑問が脳裏をよぎろうとしていた辺りで、白猫ちゃんは私の方を向き直り、そして私の目を見つめて口を開いた。


「どっちが本当のお前ニャ?」


 聞き間違いではないだろうか。目の前の白猫は言葉を発したような気がする。


 見間違いではないだろうか。目の前の白猫は満面の笑みを浮かべてる気がする。


 私は反射的に椅子をギィィと引き、危うく背もたれから床に落ちそうになってしまう。だが、すんでの所で踏ん張り、目の前の現実を直視した。


「あなた……、しゃべ、しゃべれ、喋れたの……っ?」


「喋らないと言った覚えもないのニャア」


「それはそうだけど……、え? え? 今までずっと黙ってただけ?」


 唐突なことに頭の中の整理もできていないが、少なからずとも言えることは、この異世界に来て共に過ごしてきたその白猫は、人語を理解することのできる特異的な存在だったということだ。


「まったく……切り替えの早い大娘だこと。さっきまですすり泣いていたのに」


「ちょ、ぁーっ!」


 思わず変な声が出てしまった。急激に自分の中にしまい込んでいた感情をそっくりそのまま暴かれたかのような気分だ。てっきり誰もいないものと思っていたから、何もかも油断していた。


「ま、まーった、まった。お願い待ってプリーズ。ジャスタミニッツ!」


「英語は分からないのニャ」


 英語だってことを理解してるじゃん。


「私、あなたのことをてっきり私と一緒に別の世界に迷い込んできた猫ちゃんだと思ってたけど、違ったの? 元々この世界の住民だったの? 猫違い?」


「質問が多いのは大いに結構。特別に答えてやるけど、ニャーはあっちの世界に時々お散歩に行ってただけで、誰かの飼い猫になったつもりはないのニャ。飯が美味かったからちょっと縄張りにしてただけなのニャア」


 どうやら猫違いではないらしい。そして、今、とんでもないことを口走ったような気がする。


「あっちの世界って、私がいた世界のこと? ってことはあなた、あっちの世界に行く方法知ってるの?」


「もうサービスは打ち切ったニャ」


 それだけ言い残し、白猫はテーブルからさらに高く飛び上がり、窓に向かう。

 私の腕すら通らなかったほどの狭い隙間を、いともたやすくすり抜け、部屋から去っていった。

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