第12話 白猫怪奇ファイル
私の心境たるや、色々なものがぐちゃぐちゃに掻き混ざられてしまっているようなものだった。情報の濁流に思考回路を持っていかれないうちに、たった今、得られた解を弾き出す。
私が元いた世界から一緒に迷い込んできたあの白猫は、異世界を渡る手段を知っているらしい。あの口ぶりでは、気まぐれにお散歩感覚で世界を行き来しているようにも受け取れた。
ともなれば、追いかけなければ。そう思って窓から下を見る。この窓はあいにくとあまり開かないようになっているのがもどかしい。白猫の姿は見えた。というよりかは、むしろ二階の窓にいるこちらを見上げているようにも見えた。
こうしちゃいられない。どうせ何の荷物もない。手ぶらで私は部屋を飛び出す。廊下を駆け抜けて、階段を駆け下りて、さっきの窓の下まで来る。すると意外にも、まだそこに白猫が待ってくれていた。
「待って!」
しかし、そんなにも優しい奴ではなかったことを今、改めて思い知る。その白猫ときたらまるでクラウチングスタートかの如く、私の言葉を合図にして走り出した。
これは完全にからかわれている。それはハッキリと分かった。
太陽の昇ってきた異世界の商店街は、かなりの賑わいで、今朝早くには毒盛り事件なんてものもあったせいか、余計に人が多いように思う。
すれ違う旅人、冒険者、エルフに獣人。昨晩見たファンタジー住民たちがお日様の下を歩いているのを見ると、ますます白昼夢な気がしてきてしょうがない。
白猫の奴め。ここぞとばかりに人混みの中に率先して紛れ込んでいく。昨日も一日中探し回ってみて思ったのだけれど、やはりかなり性格が悪い。
言葉を交わしてみて、想像の倍以上は悪いこともよぉく理解できた。
あの天使のような悪魔の笑顔は目に焼き付いた。
よもや猫を被っていたとは。いや、あの子は最初から猫なんだけど。
こんな猫と一晩を明かし、ついさっきまで同じ部屋で食事をしていたという事実がもう怪奇。白猫の怪奇事件としてファイルにまとめたくなるくらいだ。
そうして、ほんのしばらくの不毛な鬼ごっこの末、あっさりと見失ってしまった。辿り着いた先は、何の因果か昨晩も訪れたギルドだった。昼間に見てもやはり大きな建物だ。存在感が違う。
まさかとは思うけど、あのイタズラ白猫にここまで道案内されたなんてことはないよね。それくらいに都合よく辿り着いた気がしないでもない。
「おや、ルックさんじゃないっすか」
ボーッとしていたら入り口のところに立っていた甲冑男が声を掛けてきた。この重い鎧を身につけている割には軽い態度の人は幸いにも記憶にある。
昨晩、宿屋まで案内してくれたあの甲冑男さんだ。
このギルドには沢山の甲冑男さんがいるからこうして会話してみないことには誰が誰だか分からないのが難点か。運良く向こうから声を掛けられて助かった。
少しでも知っている人がいると安心するというもの。
「あの……昨晩はありがとうございました」
「いえいえ、むしろ申し訳ないっす。ご案内した宿でなんか事件があったらしいじゃないっすか。お詫びしなきゃな~って」
もう既に事件のこともギルドにまで知れ渡っているのか。一応仮にもギルド公認の宿屋だったわけだし、そこで変な騒ぎが起きたともなればそうもなるか。思えば、先週にも恐ろしい事件もあったんだっけか。
うっかり間違っていたら、私の夜食に毒が混ざっていた可能性もあったわけで、甲冑男さんが心配してくれるのも当然だろう。今になって急に口の中が苦くなってきたような気がする。
「今日のご用はお仕事探しっすか?」
「ええ、まあ。私、無一文ですから……」
本当は白猫を追いかけてきただけなんだけれども、当初の目的とは間違っていないし、白猫ももう影も形も見当たらない。このまままた白猫ちゃん追跡して一日を潰したらもうシャレにならない。
仮にも相手は元の世界に戻る方法を知っているという事実を念頭に置かなければならない。もしそうなら、ひょっこりと元の世界の方に行ってしまっている可能性もあるんだし、そうなったらその方法を知らない私は圧倒的に不利。
一日探そうが、一週間探そうが、見つからない気がしてならない。
「私にでもできる仕事、ありますかね」
現状、優先事項を組み立て直した結果、一先ずこちらを優先することにした。
なんといっても物事は都合の良い方だけに進むとは限らないのだから。
軍資金を整える。白猫を捕まえる。元の世界への帰り方を聞く。当面はこれだ。
「あっちの窓口の方に色々と取りそろえてあるっすから、行ってみるといいっすよ。きっとルックさんにもできる仕事だって、たぁ~っぷり、どぉ~っさりあるっす」
陽気な声で言われる。甲冑姿だから表情は見えないのだけれど、きっとその鉄仮面の下はさぞかし満面の笑みに溢れていることだろう。
甲冑男さんの指し示した方向は、確か昨晩も案内された窓口だった気がする。仕事の斡旋の窓口だったかな。
並んでいる人たちを見てみるとそうそうたるメンツだ。腰に立派な剣を携えた勇者みたいな人に、怪しげなオーラが見える魔導師っぽい人に、そんなものを使う機会があるのかと思うくらい巨大な斧を背負った大男に……。
どうしよう。これで火山のドラゴンを倒してこいとかいう仕事が入ってきたら。何処かの武器屋で剣と盾を買ってこなきゃならない。それはちょっと無理かな。
「ありがとうございます。じゃあ、ちょっと行ってきますね」
ここまで来たからにはとりあえず並んでみるしかないだろう。せめて平原のスライム退治くらいでお願いしたいところだ。
ギルドに足を踏み入れるのもこれで二度目。やはり最初の時と印象は変わらない。なんと豪華な施設なのだろう。
そもそもこの町にはまだ木造の建物が並んでいたのに、この近辺だけ石畳敷かれてるし、床も大理石だし。都市開発計画が進められてドドンと他所から持ってこられた感がヒシヒシと。
「次の方、……どうぞ」
窓口の無愛想な男の人に目線を送られる。
「あ、はい!」
思ったよりも早く列が空いてきた。基本的にはパーティ、とどのつまりは大所帯で仕事を受注するのが普通なのかもしれない。さっきの勇者パーティっぽい人たちも同じグループだったみたいだし。
となると、単独でひょっこりと現れた私は結構ここでは場違いなのでは。そんな考えも過ぎってくる。
「アンタ、何ができんの?」
ズイっと顔をよく見るように、無愛想な男の人が覗き込んでくる。
なんだか昨日の窓口にいた女神みたいな人とは大違いだな。スキンヘッドだし、顔に大きなキズもあるし。突然怒鳴り声を上げてきそうなくらいの威圧感もある。
「私は、ものや人を探すのが得意……です」
履歴書も何も用意してこなかったから、本職の紹介を口頭で説明するだけになってしまった。これで「ふざけんなよ、仕事なめてんのか」とか怒られたらどうしよう。
そんな不安をよそに、スキンヘッドさんはすくりと立ち上がり、後ろの方にあった棚から見るからに重そうな書類の束をピンポイントで掴み、それをドスン、と私の前に置いた。
紐で綴ってある書類の束は、多分求人広告みたいなものに違いない。本のページみたいにペラペラとめくり、その中から何枚か引っ張り出してくれた。
「今ンとこ、そうだな。行方不明者の捜索願、あと野草の調達依頼なんかもある。アンタ、どれができる?」
そういって紙が差し出されてくる。
このスキンヘッドさん、バリバリに仕事できる人だ。
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