32. 日常パート


「もう駄目だ、おしまいだっ……! 俺にハーレムの主なんて務まる筈なかったんだぁァ……!」

『だから、泣いてるだけじゃ分かんねえって。ちゃんと理由を話せ。つうか電話越しで泣くな。耳元ゾワゾワして気持ち悪いったらねえよ。男のASMRほどこの世に無価値なものはねえぞ』

「……俺の部屋で、二人の美少女が……膝でポテトチップスを潰して食べているんだ……っ!!」

『意味分からん。お疲れ』

「ツカちゃぁぁぁぁァァァァん!!!!」


 通話が切れる。オナえもんは未来へ帰ってしまった。俺は一人ダイニングで悲しみに打ちひしがれる。


 ポテチを綺麗サッパリ食べ切った二人は、化身(ぬいぐるみ)へ礼拝を行いながら次の修行を今か今かと待ち焦がれている。


 怖くて逃げて来ちゃった。冷静になるべきではなかった。パンチラとかもう死ぬほどどうでもいい。心折れちゃった。キモ過ぎて。


「せめて、せめて普通の人間に戻さないと……ッ!」


 本音を言えば一刻も早く帰って欲しいところだが、そう単純な話でも無いのだ。

 今日の聖地巡礼を経て二人の信仰心は更に強固に、揺るぎないものとなるだろう。


 週明けからどのような暴走を繰り広げるのか、想像するだけでも恐ろしい。

 二人の評判が地に落ちるだけならまだしも、俺の学校生活までメチャクチャにされては堪らぬ。


 教祖として最低限の責任を取らなければ。

 だが、どうすれば二人を真人間に戻せる……!?


「青柳くん? お昼ご飯作るの?」

「……礼拝は? もう良いの?」

「バッチリだよ! 南無妙法蓮華経を全文八回唱えながらしっかりお祈りを捧げて来たから!」

「凄いね」

「えへへっ……わたしもさ、言われた通り修行するだけじゃ、まだまだ信仰が足りないんじゃないかなって思って、色々調べたんだ。自分なりに出来ることはやらないと……っ!」


 揃って二階から降りて来た。さも頑張っていますよ的な態度で鼻息荒く頷く新里さん。

 これは不味い、自分なりに努力し始めちゃってる。事態は想像以上に切迫しているようだ。

 

「ユーキさま……私がご飯作る……っ」

「えっ? あかりが?」

「いっつも自分で作ってるし……ユーキさまのお手を煩わせるわけにはいかない……っ」


 言われてみればそんな時間だ。

 冷蔵庫を開け食材を物色する原さん。


 だが期待には沿えそうにない、さっきのポテチが我が家最後の食糧だったからだ。

 あんな形で消費されて芋農家も泣いていることだろう。ともかく買い出しに行かなければ。


「じゃあ二人で協力して作ってくれよ。昼は適当に外で食べよう。晩飯は頼む」

「……それも、修行……っ?」

「修行修行。なんでも修行だから」


 これ以上アホな修行をさせるわけにもいかない。

 余計な色気を出すのも辞めだ。


 王道を行こう。修行という名目で手料理を食べさせてもらう、結構なことじゃないか。

 本来の目的からも逸れていないし、二人にとっても良い意識付けになるかもしれない。


 簡単に諦めちゃダメだ。信者だろうと狂人だろうと、美少女であることに変わりはない。

 他にロクな彼女候補がいない以上、アッサリ手放すような真似は出来ない……ッ!


「うぅ~ん。わたし料理苦手なんだよねぇ~」

「だめだよ、真夜ちゃん……教祖に献身的に尽くせば尽くすほど、大いなる救いが与えられる。そして教祖は信者の良き友である……真夜ちゃんが教えてくれたんだよ……?」

「そ、そうだよねっ……教祖様に手料理を食べて貰うなんて、これ以上の献身は無い……修行としては最適! が、頑張らなくちゃ……っ!」


 新里さんは若干不安げな様子だが、その気にはなってくれたようだ。

 手料理振る舞うのは勇気がいるのにクラスメイトの前でポテチを犬食いするのは抵抗が無いのか。人間って奥深いな。



 徒歩十五分圏内のショッピングモールへ。まぁまぁな雨模様だが、休日とあって家族連れで大いに賑わって、いなかった。死に掛けのジジイとババアだらけ。


 地下一階は食料品コーナーとフードコート。昼飯と晩飯の買い出しをいっぺんに済ませられるわけだ。このイ○ンが無くなったら市民の九割が飢え死にすることだろう。


「すごい……美味しい……っ!」

「でしょでしょっ! わたしも青柳くんを見習って、毎日チューブを持ち歩いているの!」

「そうなんだ……うん、こんなに楽しい修行ばっかりなら、無理せず続けられるよね……っ」

「信徒へ無理な負担を課さないのもブルーメェ~ソンの良いところだよね~」


 どうでも良いところを評価されて、勝手に神格化される。動画投稿サイトでよく見かける長ったらしい的外れな考察コメントのようだ。アーティストの気持ちがよく分かる。


 適当にクレープを買ってお昼は済ませた。ピザチーズに練乳をぶっ掛け満足そうな新里さん。原さんもお気に召したようだ。味蕾終わってる。


「じゃ、買い物しようか。昼食って腹いっぱいの時に晩飯のこと考えるの怠いから、メニューも二人が決めちゃって良いよ」

「……台所の使い勝手が分からないから……あんまり手間暇かけないで作れる、簡単なのが良いかな……カレー、とか?」

「カレー! それならわたしも作れる!」


 信徒の癖に真っ当な意見を出してくれたのでカレーに決定。日頃から自炊や買い物もこなしているという原さんが主導となり買い出しが行われる。


「……えへへへっ。楽しいな……っ」

「あかり?」

「お休みの日に、友達と、ユーキさまと一緒に買い物するなんて……ちょっと前の私だったら、想像も出来なかったから……すっごく、嬉しいっ」

「……わたしも、あかりと一緒に居れて楽しいよ。初めてのことばっかりで、毎日が新鮮で……青柳くんに導かれて、あかりと出逢えて、本当に良かった」

「へへへっ……ブルーメェ~ソン様様、だねっ」

「うんうん。感謝してもし切れないよ!」


 ニコニコ笑いながら手を繋ぎ先を進む二人。

 幾多の修行を経てすっかり仲良しになった。


 こういうの困る。教祖やってて良かったって思っちゃう。それでいて俺だけ楽しくないの超納得いかん。

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