31. 膝ポテトチップス


 部屋の扉、自室の棚に不用意にも飾ってあったぬいぐるみ(救世主ヤギの化身)にもやはり揃って五体投地を行う。


 トータルで一時間近く掛かった。こんな時間の浪費の仕方は生まれて初めてだ。時給を出して欲しい。


「お茶とお菓子持って来たよ」

「ありがとう青柳くんっ! あっ、でもちょっと待って! 今良いとこ……! やった! 買収成功っ!」

「あぅぅ……私の桃園がぁ……!」


 ベッドに腰掛け持ち寄ったゲーム機で遊んでいる二人。最新人気ゲーム『桃農家の実家を見捨て進学した卑怯者、テツヤ』ことモモテツだ。


 外資系会社の経営者となって、全国の桃園を買収し最終的にいくつ廃業させられるか競うゲーム。入院中に新里さんから借りたけどつまらなかった。


(お家デートの流れは取り戻したが……)


 結局それらしい修行が思い浮かばなかったので取りあえず遊ばせているが、原さんの借金は5000兆を突破しているしそろそろ終わってしまうだろう。何か良いアイデアは無いものか。


 ここは一旦冷静に。整理しよう。

 本来の目的を思い出さなければ。

 俺がいま、最も望んでいることはなんだ?


 パンチラが見たい。

 よし。整理出来たぞ。


「二人とも程々にね。長時間のゲームは脳に悪い影響を与えるし、我が家では香川県の条例が適用されているから」

「一時間までしかダメなの?」

「そうだよ。超えると死刑なんだ」

「そっか、じゃあそろそろだね……えへへっ、つい夢中になっちゃって。お茶、いただくね?」

「冷めないうちにね。お菓子もどうぞ」


 ベッドから降りた新里さん、テーブルに並べられたティーカップをお行儀よく啜る。

 真っ当な礼儀作法を弁えている人格者だというのに、若くして宗教にハマるなんて。可哀そうに。


 まぁ良い。短いスカートで地べたに体育座りしているから、少し角度に気を付ければ簡単に見える筈だ。バレないように対角まで移動して……。


「ユーキさま……これ、アルバム……っ?」

「小学生の頃のだね。座ってお茶を飲みなさい」

「わぁっ……ユーキさま、可愛い……っ!」

「鼓膜が無いようだね。座ってお茶を飲みなさい」


 ベストポジションを原さんに奪われてしまった。

 棚から引っ張り出したアルバムを見返し、ちょっとだらしないニヤケ顔で眺めている。今日やたら邪魔されるな。帰って欲しい。


「これ、ユーキさまのご両親……っ?」

「えっ……うそ、青柳くんの!? 処女懐胎で生まれたんじゃなかったの!?」

「難しい言葉を知っているね。違うよ」


 むやみやたらに神格化しないでほしい。

 事あるごとに祭り上げやがって。

 ちょっと楽しいじゃねえかこの野郎。


 我が家は至って普通の三人家族だ。二人とも休日返上で働いていて滅多に帰って来ないが、特に複雑な事情とかは無い。


 腹違いのその気になれば結婚出来る妹とかもいない。アニメでしかあり得ないからそんなの。妄想だから。夢見てんじゃねえよ働け。


「ご両親は宗教家ではないんだね」

「そうだよ。普通の人。考えりゃ分かんだろ」

「じゃあやっぱり、青柳くんの不思議なチカラは日々の鍛錬で培われたものなんだね……もしかして、アルバムの中にヒントがあるかも?」

「探してみなよ。逆に」


 二人揃ってアルバムと睨めっこ。

 おっと、これはむしろチャンスか?

 ならば意識が逸れている間に……。


「これ、なにしてるの?」

「落ちてるポテトチップスを……食べてる……?」

「えっ。あ、あぁ、それね……子どもの頃にふざけてよくやってたんだよ。床に落としたポテチを手を使わないで食べるのに凝ってた時期があってね」


 またもギリギリのタイミングで阻止される。

 じれったい。早くパンティー見たい。

 もう脱いで渡して欲しい。小瓶で保管してやる。


 しかしまたどうでもいい写真に目を付けたな。

 当時両親が面白がって撮った一枚だ。


 人を笑わせるのが好きで、こういう変なことを率先してやる馬鹿なガキだった。今思えばなるべくして辿り着いた教祖の地位か。過去に戻りてえ。


「で、それがエスカレートした結果、こうなった」

「……膝を舐めてる、の?」

「うん。わざと溢して膝に付着させてそれを舐めるっていう、まぁ流石に母さんからは怒られたけどね。父さんは笑ってたけど」

「…………これが、チカラの根源……っ?」

「えっ」


 何やら不穏なワードを呟く原さん。

 眼鏡の奥で瞳を輝かせ、このように続ける。


「……ユーキさまが特別なチカラを身に着けたとしたら……やっぱり、子どもの頃の経験が大きなウェイトを占めると思う……そこから推理するに……っ」

「待って原さん。眼鏡掛けてるからってコナンみたいなこと言っちゃ人間おしまいだよ」

「ユーキさまが小さい頃から、自然とチカラを身に着けるための特訓を行っていたと仮定したら……試してみる価値はあると思う……っ!」


 妙だな。

 頭がおかしいぞ?


「私もユーキさまみたいなチカラを身に着けたいっ……心と体を鍛えても、それだけじゃダメなときって、きっとあると思うから……っ!」

「原さん」

「そうだよね、あかりの言う通りかも……! 青柳くんに助けて貰うばっかりじゃなくて、わたしたちも青柳くんの領域へ近付く努力をしなくちゃ!」

「新里さん」

「解脱への第一歩だよ、真夜ちゃん……!」

「原さん」

「確かに! 宗教と言えば出家! 出家と言えば解脱! 前にテレビで見たことある!」

「新里さん」


 ポテチの袋を開け、なんの悪びれも無くカーペットへばら撒く二人。コンソメのしょっぱい香りが部屋中に充満する。


 新里さんは四つん這いになり、散らばったポテチを器用に口だけで回収していく。

 せっかくパンチラ率の高い姿勢なのに、部屋をあちこち動き回るせいで背後を狙えない。


 原さんは何枚か重ねたそれを膝で押し潰し、箇所をペロペロと舐め始めた。

 上半身を捻り膝へ顔を近付けているので、中々目ぼしい体勢になってくれない。


「うぅっ、難しいよぉ~!」

「頑張って真夜ちゃん……修行、だよ……っ!」


 こんな地獄なことある?

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