26. 手紙 原あかり編
憎い、憎い、憎い。
みんなみんな、私の敵だ――!
「見て、ユーキさま……! コイツ、煙草なんて持ってる! 高校生なのに! 未成年は吸っちゃいけないのに……っ!」
「そ、そうだね、ライターも……喫煙で中学の野球部を退部になった噂、本当だったみたいだね」
背が低いのがコンプレックス。
割に合わない大きな胸が嫌いだった。
声が小さいのはずっと昔から。
小学校の頃は酷かった。男子は寄って集って私を『デカ胸女』なんて言って回った。友達に助けて貰わなかったら、きっと恐ろしい目に遭っていただろう。
中学はもっと酷かった。不良女子グループに目を付けられて、ずっとイジメられていた。
顔が見えるのが不快だと言われて、伸ばすようになったのもあの頃だ。奴らが喫煙で退学にならなければ、高校へ進学する気にもならなかっただろう。
『イジメ? そんなこと自分でどうにかしろ!』
『こっちも忙しいのよ。仕事の邪魔しないで』
『原さんも嫌なことは嫌って言わないと』
大人は助けてくれなかった。
お父さんもお母さんも、先生も。
私のことなんかどうでも良いんだ。
みんな私を笑いものにする。
馬鹿にする。出来損ないだと言う。
嫌いだ。みんなみんな嫌いだ。
……でも、本当に嫌いだったのは。
言い返すことの出来ない、弱い自分。
「困ったなぁ。この光景を先生たちにどう説明すべきか。いやでも、まさか原さんが全員倒したなんて信じるかな……とはいえ見て貰わないことには」
「その必要はありません……っ!」
「えっ?」
目立たないように。
誰も怒らせないように。
それが高校生活の鉄則だった。
目論見は成功した。顔を覆い隠すほど伸ばした前髪。店員さんに『それは変装用みたいなものですよ』と半ば呆れられた、牛乳瓶みたいな眼鏡。
誰になんと言われようと、私は口を噤んだ。
噤み続け、手に入れた平穏。だったのに。
「証拠があるなら、けっ、消せば良いんです……! こんなに殴ったんだもの、私たちのことなんて覚えてない……そうに決まってますよぉ……!」
「ちょっ、原さん?」
「へへへへ……っ!」
「待って、そのライターどうするつもり?」
安東くんのことは嫌いじゃなかった。
一年の時も同じクラス。よく声を掛けてくれた。
応えることは出来なかったけれど、私みたいな暗い女にも分け隔てなく接してくれる、良い人だと思っていた。もしかしたら、好きだったかもしれない。
でも、すぐに勘違いだと気付いた。唯一お話をしてくれるクラスメイトが、罰ゲームで安東くんに告白されて、笑いものにされたことを知った。そして私の番がやって来た。
断ったんじゃない。私は何も言えなかった。
はいともいいえとも言えなかった。
たったそれだけの意志も、勇気も無かった。
安東くんは言った。
『バーカ、嘘に決まってんだろ! お前みたいなブスに誰が告白するかよ! 身の程弁えろ!』
私には分かった。
あの顔は間違いなく怒っていた。
翌日からイジメは始まった。いつも安東くんのことを追い掛けている女子たちだ。
私のことをビッチだ淫乱だと言って回った。物を隠され、トイレに籠れば水を被らされた。
また同じ過ちを繰り返した。
弱い私は、弱さを受け入れた。
定められた運命。どうしようもない現実。
負けっぱなしの人生。
勝機は一向に見えて来ない。
そんな時に差し込んだ、一筋の光。
「大丈夫ですよぉ……私が倉庫に火をつけたなんて、誰も思ったりしませんから……きっと煙草の不始末が原因だって、みんな勘違いしてくれます……っ!」
「いやいやいやッ、駄目だって!? メチャクチャ犯罪だからッ! コイツらが死んだらただの殺人になっちゃう、っていうか放火も駄目だからね!?」
容姿を褒められたのは初めてだ。
誰からも相手されなかった、身も心もブスな私を、可愛いと言ってくれた。嬉しかった。
それでも勇気を持てない私に、戦う術を、抵抗するチカラを与えてくれた。
思えば自分の力で何かを成し遂げたのも、これが初めてだったのかもしれない。
自分から動く、変わる。
抵抗する意思を持つ。
ユーキさまが教えてくれた。
ユーキさまに、作り替えられちゃった。
なにもかも真新しい、知らない自分に。
(どうして、こんなに嬉しいんだろう)
(どうして、こんなに心地良いんだろう)
もう気付いている。
期待してくれているんだ。
信じてくれたんだ。
私も、貴方を信じたい。
貴方の力になりたい。
「アァッ! マットさんがァ!!」
「わぁっ……! 凄いよユーキさまぁぁ……! 燃えてる、ちゃんと燃えてるっ……!!」
「早く避難するだああああ! あ、いや待て、ストップ! コイツら倉庫から出さないと! バーベキュー始まっちゃう! 延々ノ焼却隊だァァァァ!!」
結局、自分一人では何もできなかった。
彼に助けて貰った。私はまだ弱いままだ。
ごめんなさい、ユーキさま。
でも、ありがとう。
この恩は、一生掛けてでも返します。
貴方の為に、すべてを賭けて戦い続けます。
縛られた運命と。弱い自分と。憎むべき敵と。
それが原あかり。新しい自分。
二人で一緒に見つけ出した、理想の原あかり。
こんな自分なら、好きになれる。
貴方が好きと言ってくれた私なら。
「よしっ、これで全員! ちょっ、原さん!! なにボーっと突っ立ってんの、早く逃げるよ! せっかくのプニプニボディーがウェルダンになっちゃうよ!」
だからもうちょっとだけ、頼らせてください。
いつかきっと、みんなに自慢出来るような。
強くて立派な女になってみせますから。
ブルーメェ~ソン。救世主ヤギ。青柳裕貴くん。
やっと見つけた。
たった一つの希望。灯火。
私だけの、神様。
「たっ、大変だ……大炎上だァァ……ッ!!」
「……綺麗だね、ユーキさま……っ」
「やばァなにその綺麗なお目目ェ……」
真っ暗だった世界に、あかりが灯った。
感じたことの無い情動。燃えるような思い。
これはきっと――――。
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