29. 水もしたたる


 二人には体操服に着替えて貰う。倉庫と一緒に器具がすべて焼けてしまったので五限の体育は暫く自習時間。自主的に運動するんだから文句言わせん。


 それにしても素晴らしいな体操服は。こんなえっちな身体して、薄っぺらい真っ白な服を着て許されると思っているのか。

 公然わいせつで逮捕しちゃうぞ。性的搾取の刑に処しちゃうぞ。無限発射編ロングラン上演だ。


「青柳くん、着替えて来たよ!」

「よし、では始めよう。二人とも手を繋いでそこに立つんだ。絶対に離してはいけないよ」

「……なにを、するの?」

「ふっふっふ……! 水行さ!」


 先日の失態を有効活用する時が来た。用務員のおじさんにスプリンクラーの使用許可を貰ったのだ。


 中庭をもっと綺麗で居心地の良い場所にしたいんですと訴えたら『おっ! いいよっ!』って言ってくれた。優しい。


「今からスプリンクラーを作動させるから、二人は手を繋ぎながら水を被りに行くんだ。決して独りよがりな行動を取らないこと!」

「……どうしてそんなことをするの?」

「分かってないな原さん。人間の七割は水分が占めているんだ。つまり水を沢山浴びることで、より清く美しい健康な身体を手に入れることが出来るんだよ」

「……そう、なんだ……っ」


 納得し掛けているところごめんね。

 濡れ透けが見たいだけだよ。


「更に驚くことなかれ! このスプリンクラーから放出される水には……救世主ヤギの有難いお力が込められている!」

「有難いお力!? 青柳くんの!?」

「ヤギの聖水だ!」

「なにそれ!? 凄そう!!」


 最近気付いたことがある。

 新里さんすっげえ馬鹿なんだよな。

 こうなったのが半分俺のせいとか。泣きてえ。


「人間誰しも若さや潤いを求めるもの……ヤギの聖水は浴びれば浴びるほど肌もツヤツヤになるし、多少の空腹は紛らわせる。なにより冷たくて気持ちいい!」

「おぉ~っ! 万能だっ!」


 水だからね。冷たいのは当たり前だけどね。

 もっと考えて発言して欲しい。


「敬虔な信徒である二人には、是非ともヤギの聖水の恩恵を授けたい。だがしかし、大切なのは独り占めをしないということだ。何故ならブルーメェ~ソンの教義は……新里さん!」

「美少女を救済する!」

「その通り! すべての信徒が等しく幸福にならなければならないのだよ! さあ、始めるぞ!」


 スイッチを押しスプリンクラーを作動させる。時間経過でグルグル回ったり一か所を集中砲火したりするので、その場に立っているだけでは水を被れない。


「原さん、こっちこっち!」

「わわっ……!?」


 とにもかくにも聖水を浴びたい新里さん。

 原さんの手を取り芝生を駆け回る。


 だが走り出した方角とスプリンクラーのご機嫌が今一つ合致せず、中々しっかり濡れることが出来ない。


 クソ、こないだは早々ビショビショになっていたのに! はよ透けパン見せろ!!


「待って新里さん……っ! ちゃんとスプリンクラーの動きを見ないと……!」

「えっ? 動き?」

「水が出るタイミング、方向、そして量……ちゃんと規則性がある筈。しっかり見極めて、効率よく動かないと……っ」

「たっ、確かに!」


 ここに来て原さんが純粋たる知性で手綱を握り始める。とは言えこの会話のレベルの低さ。宗教信じてると基本馬鹿になるんだな。勉強になる。


「私たち、ユーキさまに試されてるんだよ……っ!」

「試されてる?」

「レクリエーションって言ってたけど……これも修行の一つなんだと思うっ……ユーキさまの期待に応えなきゃ……っ!」

「……そうだね。わたしたち、争い合っている場合じゃないよねっ……! ごめんね原さん、わたしが間違ってた!」

「うんっ……私も、酷いこと言ってごめんね」


 先ほどまでの不遜な態度を反省し、新里さんは一層強く原さんの手を握り締める。

 真正面から見つめられ原さんはちょっと恥ずかしそうだが、ほんのり頬を染め小さく頷いた。


 ……良いわぁ~。

 これはこれでお釣りが来るわぁ~。


「ひゃっ!?」

「や、やった! わたしたちの反省の気持ちが、救世主のお心に届いたんだよっ!」

「これが、ヤギの聖水……気持ちいい……っ!」


 違うよ。ちょうどキミたちが立っていたところへスプリンクラーが向いたんだよ。俺操作してないもん。


 規則性がどうこうの件ガン無視で暢気に喜び合う二人……絶妙に遠いところに居るなぁ。透けてるかどうか判別出来ねえよぉ……どうしてだよぉ……。



「気持ちいいねっ、原さん!」

「……あかりで、良いよっ」

「じゃあ、わたしも真夜って呼んで!」

「分かった……真夜ちゃん、これからも一緒に、ユーキさまのために頑張ろうね……っ!」

「もちろんっ! でもっ、教祖様を想う気持ちはあかりにだって負けないからねっ!」

「……だったら、私も本気で……っ!」


 眼鏡を外し芝生へ投げ捨てる原さん。

 あ、ヤバイ。スイッチ入っちゃう。


「――――ユーキさまぁぁぁぁ!! もっと、もっと私にお力を授けてくださぁぁぁァい!!」

「こ、これが噂のビーストモード!?」

「見て見てユーキさまぁぁ!! 私ねぇぇ、ユーキさまの聖水でびちゃびちゃなのぉぉ!! かわいいですかぁぁ!? ユーキさまの理想のお姿になれてますかぁぁぁぁ!?」

「わぁぁーーッ!? 待ってあかりーーっ!!」


 今度は原さんが新里さんの腕を引っ張り芝生を駆け回る。これから寝るときとかお風呂入るときとかどうするんだろう。気になる。


 聖水を頭から被り笑い合う二人。

 快晴の空の下、水行はもう暫く続く。


 ……めちゃくちゃスプリンクラー使ってるのに、前回の奇跡も同じことだったんだって、なんで指摘して来ないんだろう。


 そもそもやっぱ馬鹿なのかなぁ、この子たち。

 本当に宗教だけのせいなのかなぁ。

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