17. 親方!!


 木登りをして遊んでいる女子生徒。

 見覚えのある顔と思ったら、クラスメイトだ。


「原さん。木の上でリンゴを齧りながら『へッ、毎日つまらねえなァ』とか言い出したくなる年頃なのは分かるけど、危ないし早く降りた方が良いよ」

「ちっ、違いますっ……!!」


 ハラあかりさん。

 我が二年B組の学級委員長である。


 やや色素の抜けたボサボサの長髪と、お洒落アイテムにしては野暮った過ぎる丸眼鏡が印象的。とても物静かで落ち着いた子。


 木登りは趣味ではなさそうだ。彼女の右手には自身の体操着と思わしき衣類が握られていた。


「やっぱ自分から登ってるじゃん。汚れるのが嫌でわざわざ着替え用意したんでしょ」

「だっ、だから、違うんですっ……! た、体操着を隠され……きゃあああああっ!!」


 身振り手振りで訴えていたのが仇となり、原さんは枝から足を踏み外してしまい、結構な高さから落下して来る。


「ングォ゛ォッッ゛!?」

「ひゃあっ!?」

「ナイスキャッチ! 流石は青柳くん!」


 真下で構えていたので捕獲は容易だった。

 救出劇に新里さんは諸手を上げ喜ぶ。


 差し出した腕にスッポリ収まる原さん。治り掛けの脱臼が再発しないことを願いつつ地面へ降ろす。最近よく女の子が宙から落ちて来るな。


「あっ、ありがとうございますっ……」

「礼を言われるほどじゃないけど、一体全体なにがどうしたってんだ。体操着を隠されたって?」

「……そ、それは……っ」


 馬鹿に言い淀む。クチャクチャしてる。

 ガムでも噛んでいるのだろうか。


 そう。この原あかりさん。

 非常に人見知りで会話が基本下手くそ。

 分かりやすく言えばド陰キャ。


 学級委員長も他に候補がおらず、担任に『一番真面目そう』という理由で任命され断り切れなかったほど。常にオドオドしていて、とにかく自己主張が出来ない。


 いつも教室の隅でぼっち化しており、授業中に当てられない限り彼女の声を聞く機会すら無い。なんなら実質初対面だった。


「隠されていたってことは……まさか原さん、誰かにイジメられているの!?」

「うぅっ……」

「そんな、酷いっ! いったい誰が!?」


 心配した素振りで彼女の手をギュッと握り締める新里さん。原さんは否定も肯定もせず、居心地悪そうに肩を震わせるだけ。


 B組でそのような行為が行われている様子は無いし、他のクラスの連中が犯人だろうか。木の上に体操着を隠すとは実に陰湿だ。


「青柳くん、原さんを助けなきゃっ!」

「えっ。なんで」

「こんなに可愛い女の子がイジメられているんだよ!? そんなの絶対おかしい! 困っている女の子を救うのがブルーメェ~ソンの教義でしょ!?」


 熱っぽく訴える新里さん。すると戸惑うばかりだった原さんは不思議そうに首を捻り、消え入るほどの小さな声で呟いた。


「ブルー、メェ~ソン……?」

「青柳くんはね、ブルーメェ~ソンっていう宗教団体の教祖様なんだよ! わたしはその信者! こないだ側近にして貰ったの!」

「……しっ、宗教? 教祖……?」

「困っている女の子を助けるのがブルーメェ~ソンの教えなの。そうだ原さん、せっかくだからブルーメェ~ソンに入信しようよ! 青柳くんが救済してくれるから! ねっ!」


 ねっ! じゃないよ。

 丸投げするな。


「……それ、本当……っ?」

「ホントホント! 青柳くんは凄いんだよ! たいていのことは青柳くんが言った通りになるし、どんな悩みも解決してくれるし、未来予知も出来るの!」


 だから当てずっぽうだって全部。


「……きっ、気持ちは有難いけど……宗教とか分からないし……新里さんも、そういうの人に言わない方が、良いと思う、かも……っ」

「えっ? そ、そう?」


 良かった。原さんが常識的な考え方の持ち主で。


 そうなんだよ。宗教にハマってるJKって普通にキモいんだよ。まともな感性の持ち主は十代半ばで神に頼らないんだよ。


「原さんの言う通りだ。ブルーメェ~ソンに限らず、信仰の自由は憲法によって保障されている。決して強制してはいけないんだよ」

「えぇ~っ!? でっ、でもぉ……!」


 救世主ヤギのおかげで人生が百八十度変わった(と思い込んでいる)新里さん。

 俺の能力(ヤマ勘)を持ってすればイジメ問題も容易に解決出来ると考えているようだ。


 だが話はそう単純ではない。原さんが協力を必要としないのなら俺の出る幕は無いだろう。


 あとね新里さん。大事なこと忘れてるよ。

 原さん、そんなに可愛くないんだよ。


 困っている女の子じゃない。困っている美少女を助けるのが教義なんだ。シンプルに興味無いんだよ。


 人を見た目で判断します。

 俺はブレないよ。


「うーん、そっか……宗教とか神様とか、普通は信じられないよね。わたしも最初はそうだったから」

「……そんなに凄いの? 青柳くんって……」

「うぅ~~ん…………よしっ、じゃあ分かった! 今から青柳くんが、本当に凄い能力を持っているって、証明してあげるっ!」


 期待感に満ちたキラッキラの瞳を拵え、新里さんは高らかに宣言する。なんだろう。上ってもいない山を下山させないで欲しい。

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