18. イリュージョン


「では青柳くん、どうぞ!!」

「ど、どうぞ……?」


 拍手すな。促すな。困らせるな。


 芝生に体育座りする二人。スカートを抑えパンティーをガードされてしまい、尚更やる気を失う。


 要するに新里さんが期待する超常現象を実演して、原さんにブルーメェ~ソンの有難みもとい救世主ヤギの凄さを知らしめれば成功というわけだが。


 何度も言わせないで欲しい。新里さんの身に起こったあらゆる出来事は、すべて偶然の一致。俺の才覚によるものではないのだ。


(まぁ、アレか。逆に良い機会か……)


 なんの奇跡も起こさず『全部ハッタリでした~』で終わらせてしまえば、新里さんも自身がいかにこの二週間トチ狂っていたか気付くかもしれない。


 お手軽性奴隷肉便器候補を手放すのは惜しいが、新里さんの今後の人生を憂いてのことだ。きっと良いタイミングだったのだろう。


 よし。じゃあふざけるか。

 最後の晴れ舞台だ。全力で教祖を演じよう。



「ふっふっふ……あまり見くびらないで欲しいものだね! 既に奇跡は始まっている!」

「……ど、どういうこと!?」

「まぁ落ち着きなさい。新里さん、キミはこの中庭へ誰も訪れないことを不思議に思っていたね」

「う、うん。虫がいっぱい居るんでしょ?」


 すぐ後ろの適当な草むらを指差す。

 どこもかしこも害虫ウジャウジャだ。


「探してみたまえ。救世主ヤギの化身たる俺の手に掛かれば、虫を発生させることも、またその場から消し去ることも容易なのだッ!」

「そんな……!? 運命はおろか、生物の命さえ操ってしまうのですか!?」

「原さんも草木を掻き分けてみなさい。心配は無用だ。だって居ないんだからね!」


 恐る恐る立ち上がり草むらに手を突っ込む二人。


 簡単なトリック(?)だ。ただでさえ女の子は虫が苦手。居ないと断言されたのに、一匹でも見つかろうものならば。


『キャー! 虫ー! 青柳くんの嘘つき! 脱会!』


 完璧なプランニングだ!

 さあ、うら若き純粋無垢な少女たちよ!

 美しい悲鳴を聞かせてくれ!!



「ホントだっ!? 一匹もいない!」

「おっとォ?」

「…………うん。全然いない。それによく見たら……さっきまで何の手入れもされていなかったのに、いつの間にか綺麗に刈り揃えられてる……っ」


 原さんまでも声を挙げ驚きを露わにする。


 慌てて草むらへ目をやると。

 確かに昨日と比べて草木の具合が格段に良い。


 そんな……ウッドテーブルの近くまで虫が寄ってくるくらい酷い環境だったのに、何故!?



「すっかり見違えましたねえ~! これでまた生徒も喜んでくれますよ!」

「いえいえ。お力になれて良かったです」

「それにしても凄いですねえその殺虫剤! どこで売ってるんですか?」

「これはですねえ、海外から取り寄せた……」


 しまった!!


 俺たちが巨木の麓でヤイヤイやっているうちに、清掃のおじさんがすべて駆除してしまったのか! なんてタイミングが悪いッ!!



「……これを青柳くんが……?」

「待って原さん、あっちに清掃のおじさんが」

「……すごい……っ」


 信じられないという目で俺の顔をマジマジと見つめる原さん。

 清掃のおじさんも絶妙に遠いところにいるせいで視界に入っていない様子だ。


 超常現象とまではいかなくても、出来の良いマジックを見たくらいのリアクションにはなっている。駄目だ、もっと現実味の薄いデマカセを……!



「はっ、ハッハッハッハ! それにしても原さん! 今日は良い天気だよねっ!」

「……う、うん。ちょっと暑過ぎるくらい……」

「そうだね。こんな日は早く帰ってシャワーを浴びたいよね。でもまだ帰るわけにはいかないから、サクッと冷水でも浴びて気持ち良くなろう!」

「……雨を降らせるってこと? でも今日は降水確率0パーセントだよ……?」

「そんなの俺の手に掛かれば一瞬さ!」


 今日もウザったらしいほどの快晴だ。雲一つ見当たらない。今朝もウッキウキで新里さんのソックスを干して来たくらいなんだから、雨が降る筈が無い。


「まさか、天候まで操ってしまうの……ッ!? そんなの救世主ヤギの生まれ変わりどころか、もはや神様そのものだよ青柳くん……ッ!!」

「あぁ。これは流石の俺も一筋縄ではいかなくてね。特別な儀式が必要なんだよ」

「とっ、特別な儀式……!?」

「そうさ。新里さん、今から俺の指示に従って、天へ呼び掛けるんだ。出来るね?」

「分かりましたっ!!」


 耳打ちで指示を与え、新里さんを芝生の真ん中に正座させた。俺は校舎の壁際へ移動し様子を見守る。



「さあ、始めてくれ!」

「はいっ! …………母なる大地よ、アーッ! 父なる空よ! メーッ! 母なる大地よ!!」


 適当に教えた呪文を唱えながら、新里さんは両手を空へ掲げ祈りを捧げる。

 この光景を前に、流石に原さんも眉を顰めやや引いている模様。そりゃそうだ。


(どうだ原さん、馬鹿馬鹿しいだろう! こんなことで雨が降る筈が無い! さあ疑え、もっと疑え! そして新里さんにこう伝えるんだ。馬鹿な真似はよせ、宗教なんてなんの当てにもならないと……!)


 校舎の壁に寄り掛かり一人ほくそ笑む。

 さあ、原さんが止めるか、新里さんが事の馬鹿馬鹿しさに気付くか、どっちが先かな……!



「んっ?」


 背中に何か当たった。

 なんだ。この窪みみたいなやつ。

 何かのスイッチか?


「――――ヴェアアアアアア゛アアア!!!!」


 次の瞬間、新里さんがちょうど座っていた辺りから、勢いよく水が噴き出した!

 あまりの水圧に新里さんは軽く吹っ飛ばされ、芝生の上をサッカー選手みたいにゴロゴロ転げ回る!


「えっ、ちょ、なんっ……あっ、これまさかスプリンクラーのボタン!?」


 な、なんてことだ!!


 偶々背中を預けたところにスプリンクラーのボタンがあって、ふとした拍子に押してしまったのか!!


 グルグルと回転し続けるスプリンクラー。当然離れたところで見守っていた俺も、原さんもあっという間にびしょ濡れだ。


「……ほっ、本当に水が出て来た……!?」

「待って原さん。ここにボタンが」

「天の恵み……!? でもっ、雨は降っていないのに……!! どうして……!?」


 眼鏡から浸り落ちる水滴など気にも留めず。

 原さんは唖然とした顔で呟いた。

 駄目だ、全然こっち見てくれないッ……。


「たずけて青柳くっ、ガボッ、ごぼっ、んごボぉぉ゛ォォ゛ォ゛ォッッ゛!?」


 涼しそう。

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