33. 見えざる手(前)


 原さんは『可能な限り状態の良い野菜を選ぶ』と青果コーナーへ走って行った。

 ユーキさまに生半可なものを口にして欲しくない、と余計なことを口にして。お洒落。


「こっちはお米とカレールーと、あとは……ついでにお菓子も買い足しておくか」

「いつでも修行出来るようにしないとねっ!」

「俺は普通に手で食べるよポテチ」

「練乳は買わないの?」

「買うけどカレーに入れないよ流石に。俺よりハマっちゃうとややこしいからやめてくれる?」

「楽しみだなぁ~っ♪」

「さっきから会話なに一つ噛み合ってないんだけど気付いてる? わざと? ねえ?」


 買い物かごを引っ提げウキウキの新里さん。料理はほとんど経験が無く、母親と買い物に行くようなことも滅多に無いそうだ。


「わたし、中学まで女子校だったって話したっけ?」

「入院してるときになんとなく」

「こうやってさ、男の子と晩ご飯の買い物したりとか、一度もしたことなくて……こないだのフィールドワークみたいなのも初めてだったの」

「ご機嫌なところ申し訳ないけれど、要領を得ない話は嫌いだから分かりやすく話してくれ」


 頬をだるだるに垂らし微笑む。

 スキップでも始めそうな軽快な足取りだ。


「青柳くんと一緒に居ると、新鮮なことだらけで、毎日楽しくてっ……上手く言えないけど、なんか、こういうの良いなぁ~って。えへへっ」

「それは幸せという名の強めの幻覚だよ」

「うん、幸せっ! 青柳くんのおかげだよっ!」

「話聞いてる?」


 さっきからまぁまぁキツイこと言ってるのに全部スルーされるのどうしてだろう。気味が悪い。


(意識……されているのか?)


 異性との関わりに乏しい新里さん。話を聞くにここまで親密になったのも俺が初めてと推測される。親密? 親密で片付けて良いのか? まぁ良いや。


 つくづつく勿体ないと思う。こんなにチョロい子だったのなら、わざわざ教祖と信徒という関係に頼らなくても仲良くなれたのかもしれない。


 その一方、俺が宗教を立ち上げなければそもそも関わる機会すら無く。

 教室の隅からただ眺めているだけだったか、下手したら彼女は学校を辞めていたという……難儀だなぁ。


「お米ってどれが良いのかな?」

「お金あるし、こっちで良いよ」

「この無洗米っていうのはダメなの?」

「安いし炊くときの手間が省けるのが利点だね。質は若干落ちるかも。誤差の範囲だけど」

「そうなんだっ……うんうん、そうだよね。洗ってないってことは汚いってことだもんね! 青柳くんにそんなもの食べさせられないよっ!」

「米農家の気持ち考えたことある?」


 常識が無い。隣を歩きたくない。


 このように若干オツムが弱い節はあるが、普通に接している分には顔に留まらず可愛げのある子だ。

 信徒としてはともかく、初めての彼女(肉便器)候補にはこの上ない人材である。


 ところが異性としての評価を上げようにも、敬うべき信仰対象というクソデカい障壁がありとあらゆる可能性を潰している。打開策は無いものか……。


「うぐっ……!? お、重い……っ!」

「なんだ。元バレー部なのにだらしないな」

「あはははっ……ちゃんと運動始めたのも高校入ってからでさ、特に腕の筋力が……スパイクのパワーが足りないって、いっつも先輩に怒られてたなぁ」

「ほら、俺が持つから」


 代わりに米袋を持ち上げカゴにぶち込む。

 軽々と運び入れたことに驚いているのか、おーっ、と感嘆の声を挙げ嬉しそうに拍手。

 なにが面白いんだ。笑うな。馬鹿にするな。


「修行熱心なのは結構だけれど、女の子たるもの料理やお米の選び方くらい勉強した方が良いと思うよ。というかそっちを圧倒的に優先すべきだよ」

「いやぁ~、中々やる機会が無くて……」

「男子厨房に入らずなんて言えないけど、この手の細やかな作業は基本女性の方が向いているからね」

「でも、男の人でも料理はするでしょ?」

「あれは女にモテたくて必死なだけだから、期待するだけ無駄だよ」


 適当にルーと調味料を選びカゴに詰め込む。


 新里さんは暫く黙ったまま、その様子を背後から追い掛け眺めていた。

 黙ったら黙って怖いな。彼女の相手には疑心暗鬼なくらいがちょうど良いが。


「……青柳くん、料理、好き?」

「嫌いではないって程度かな」

「作って欲しい派?」

「ラク出来るのなら越したことは無いね」

「…………じゃあ、頑張って作るねっ」

「ん? お、おん」


 スマホを取り出し何やら調べ出した。覗き見てみると『カレーの作り方』で検索している。


 今更やる気出したのか。

 まぁ別に良いけど。

 原さんに迷惑掛けるなよ。


「青柳くんには、お世話になりっぱなしだから……」

「そんなつもりは一切無いが」

「だから、ちょっとでも青柳くんの助けになれるように……わたしも頑張る。信徒は教祖にとって、良き友であり……助け合わなきゃいけないから」

「……そうだね。そういう見方もあるね」


 エライ真っ直ぐな視線をぶつけてくる。

 なんだ。意図が読めない。喧嘩なら買うぞ。 


「……わたし、もっと頼り甲斐のある側近になれるように、頑張るね……っ!」

「あ、はい。そうですか。頑張ってくださいとは迂闊に言えないけれど、まぁ頑張って」


 そういう方向性の決意の表れは一切求めていないのだが、言っても聞きやしないだろう。

 教祖として崇めてくれている分には好感度が落ちることも無いし、暫く放っておくしかないか。


 いったいどうすれば良いのやら。

 恋愛って思ったより難しい。


 でもこれ、恋愛と呼ぶにも値しないよなぁ。

 呼ぶとしてもポテチの食べ粕掛かってるからなぁ。


「不思議な気分っ……青柳くんの為なら、苦手な料理でも頑張ろうって思えて来るの。もしかしてこれ、信仰心が高まっている証拠なのかな!?」

「さぁ。解脱の方法は人それぞれだからね」

「昔からずーっと苦手だったのに、こんな風に思えるなんて……宗教の力って、やっぱり凄い……っ!」

「過大評価だよ。なにもかも」


 すっげえ楽しそうだなぁ。ウゼえなぁ。

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