7. 乗るしかない、このビッグウェーブに


「では教祖様、わたしのような若輩者が畏れ多くも、お手伝いさせていただきます……あ、あ~ん……」

「あーん……」


 意外と美味いな。病院食。

 付け合わせが美少女だからかな。

 でもコイツ信者なんだよな。不満。


 片手が使えないとなると食事も一苦労ということで、新里さんが補助を買って出てくれた。


 テレビを流し見しながら白身魚をパクリ。

 ヒヨコクイズはちっとも面白くない。


 内容が入って来ないのも当然。白身魚を咀嚼する俺の様子を見て、新里さんは空いた片手で頬を抑え、うっとりしたような恍惚の表情を浮かべていた。


 嬉しかねえ。怖いよ普通に。


「宗教ハマってる場合じゃないんだよ。早くバレー部戻って高校生活再スタートしなって」

「いやぁ……辞めるときに壮大な感じになっちゃって、もう涙の別れっていうか……送別会までして貰っちゃって、今更戻りにくいっていうか……」

「あぁー……」


 なるほど。それは戻れんわ。

 メンタルにクるよね。


 そもそも怪我は治ったけど、激しい運動は出来ないって言っていたしな。

 ならバレー部以外のところに活路を見出し、なんとかブルーメェ~ソンの呪縛を解いて欲しいが……。


「ほどほどにしてね。彼氏に殺されたくないし」

「え……かっ、彼氏?」

「あれ。いないの?」

「まっ、まさか! 今まで一人だってそのような方は……わたしのような未熟者が烏滸がましくも彼氏を作ろうだなんて……! 教祖様のお赦し無しにそのようなことは決して致しませんッ!」

「あ、ハイ……なら良いっすけど」


 彼氏出来たこと無いんだ。意外だなぁ。

 確かに一年の頃も噂とか聞いたこと無かったな。


(そうか……信者といえ、あの新里真夜だもんな)


 何故、俺は宗教を始め教祖を名乗り出したのか。


 理由は単純。彼女が欲しい。

 ついでにハーレムを作りたい。

 悪ふざけの延長の筈だった。



(あれっ…………ちょっと待て?)


 ともすれば、クラスはおろか学年単位でも有数の人気を誇る美少女、新里真夜に事情はともかく好意を持たれているというこの状況は、願ったり叶ったりなのではないか?


 少なくとも教祖を名乗らなければ、遠くから眺めているだけだった高嶺の花の象徴たる新里真夜に、こうしてあーんをして貰う未来など起こり得なかった。


(上手く利用すれば……新里さんを彼女に出来る?)


 俺の視線に彼女も気付いたようだ。

 ちょっと恥ずかしそうに目を逸らす新里さん。


 長いまつ毛。真っ白な肌。

 円らな瞳。健康的な身体。そして、おもち。


 可愛い。普通に可愛い。とにかく可愛い。

 黒髪ショートの快活な女の子。

 こんな子が彼女になったら、どうなる?



(――――アオハルだッ!!)


 そういうことだったのか。

 ある意味で神の思し召し。

 救世主ヤギから与えられた祝福なのだ。


 そうと分かれば、俺のすることは唯の一つ……!



「……新里さん。一つ提案なんだけど」

「は、はいっ! どのようなお話でしょう!?」

「俺が何かしら力を持っているかいないかの話は一旦置いておいて……まずは教祖と信者、この関係性をしっかり見定める必要があると思うんだ」

「……関係性、ですか?」

「そう。新里さんはまだ、SNSのアカウントを通してでしか、俺やブルーメェ~ソンのことを知らないだろう? これじゃまだまだ、信者を名乗るには早いと思わないか?」


 取って付けたように口が回る回る。

 すぐ調子に乗るのが俺の短所、いや長所だ。


 要するに、この特異な関係性を利用して……新里さんに、もっと俺のことを知って貰うのだ。

 まずは普通の男女、クラスメイトとして距離を縮める。焦ってはいけない。


 ただでさえ教祖である俺に盲目なのだ。知れば知るほど俺に対して好意的になり、やがて恋愛感情へ発展する……!


 そして好意が確かなものになったとき、新里さんは自ら俺へ告白する!

 向こうが好きって言って来たんだから、エロいことも多少の無茶振りもし放題!


 完璧だ、なんてパーフェクトなシナリオなんだ!

 教祖ではないけど天才かもしれん!!



「でっ、でも教祖様……! 入信条件は『女性であること』『このアカウントをフォローすること』『救世主ヤギの生まれ変わりである教祖を信仰し崇め奉る』の三つだって……!」

「それだけで良いのか?」

「……それだけ?」

「知っての通り、ブルーメェ~ソンはまだ始まって一か月の新興宗教……最初の信者である新里さんは、より特別な地位が与えられて然るべきだ」

「とっ、特別な地位……!?」

「そうさ。宗教は一つの大きな組織。教祖がいるなら、その教祖を支える幹部、補佐的な役割を担う人間、側近が必要なんだ……!」


 勿論、側近なんて名ばかりだ。

 俺のすぐ側にいるという意味では正解だがな!!


「なりたい! なりたいですっ! どうすれば『側近』になれるんですか!?」


 身を乗り出し興奮気味に問い掛ける新里さん。


 これはもしかすると、もしかするかもしれない。

 宗教のおかげで、彼女が出来るぞぉ~~!!

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