8. 気になるあの子
五日間の入院生活。
俺はその間、新里さんにある『試練』を与えた。
と言っても特別なことは何も無く、身の回りの世話をして貰い、俺のことをしっかり理解するよう努めて欲しいと念押ししただけだ。
だがこれこそが罠。
二人きりの密室で交流を重ねる男女。
仲良くならない方がおかしいのだ!!
それも一方が教祖、方や信者であれば!!
「教祖様、お身体お拭きします……!」
「こらこら。教祖じゃなくて青柳くん、ね。本当に近しい信者なら、俺のことは名前で呼ばなきゃいけないんだよ」
「はっ、はい! あっ……青柳、くん……っ!」
濡れタオルで身体を拭いて貰っている。本当はもうお風呂入って良いし、なんなら居ないときに入ってるけど、敢えて公言しないでいる。
美少女の献身的な介護!!
マジ最高ッ!! ヒャッフウッ!!
「青柳くん、結構良い身体してるんだね……っ」
「春休みに筋トレハマっててさ」
「それも修行の一環なんですか……!?」
「ああ。豊かな心は健康な身体から生まれるんだ」
この作戦を実行する上で有難かったのは、新里さんが想像以上に男慣れしていなかったこと。そしてそれ以上に『クソ真面目』であったからだ。
聞けば彼女、小中まで女子校で男子とほとんど関わりが無かったらしい。
男女の諸々に際し非常に鈍く、彼氏でもない男の身体を洗うという行為にも、違和感を抱いていない。
流石に恥ずかしがるけど、でもちゃんとやってくれる。チョロい。チョロいぞこの子……!!
「ごめんね爪まで切って貰っちゃって。汚いでしょ」
「そんなことありませんっ! 光栄です!」
「あの新里さんにここまでお世話して貰えるなんて、幸せ者だなぁ」
「ごっ、ご冗談を……!? わたしみたいな芋臭い女が教祖様に近付くなんて、本当なら許されないことなのに……っ!」
「はっはっは。新里さんは健気だなぁ」
「あのっ、一緒に足も拭いていいですか……っ?」
「勿論! 我が子のように優しく扱ってくれ!」
「はっ、はい! 頑張りますっ……!」
怪我をさせてしまったという負い目もあるのだろう。放課後は必ず病室を訪れ、夜遅くまであらゆる命令に文句ひとつ言わず付き合ってくれる。
当然、変態チックな命令はしない。塩梅が大切。
足の爪切って貰ってる時点で一線超えてる気がしないでもないけど。双方納得なら問題ナシ。
もう少しで気付く筈だ。
キミが抱いている気持ちが、献身や過剰な狂信ではなく、信頼、愛情であるということに……!
この五日間で、俺は新里さんと可能な限り仲良くなる! そして退院する頃には、間違いなく彼女は恋心に目覚める!
はい、カップル誕生!! Q、E、D!!
「……の、筈だったんだけどなぁ……」
「肩パンしていい?」
「痛゛ァイもうしてるゥ゛また外れちゃァウ゛!!」
告白されなかった。
普通に毎日お世話して貰って、五日で退院した。
どうして。
「いつの間にそんなことなってんだよ、羨ましいなお前。なんてったってあの新里さんに」
「クソッ……教祖力が足りなかったのか……!?」
「絶対違げえよ。あとそんなのねーよ」
これと言ったサプライズも無く登校再開初日を出迎えてくれたツカちゃんは、入院へ至るまでの経緯、そしてその後の展開を事細かに説明され、若干気が滅入っている様子だ。全部喋っちゃった。
「まぁでも、一応仲良くはなったんだろ? もう自分から告れば良いじゃん」
「いやぁ……それなんだけどさぁ……」
入院中、一度だけ『っぽいこと』を彼女に話したことがある。信者も良いけど恋人も欲しいんだよね、みたいなこと。
ところが新里さんは『青柳くんほど素敵な方なら、必ず素晴らしい伴侶に巡り合えますよ!』と軽く受け流すだけで、そういう雰囲気にならなかったのだ。
これはつまり、新里さんの俺に対する認識が『教祖』のままで、異性として意識するという方向へまったく傾いていないことを意味している。
と、思われる。
分からん。恋愛経験が無い。
「前にチラッと聞いたんだけどさ」
「ほほう」
「新里さん、一年の頃から結構な頻度で告白されてるらしいんだわ。で、全部『よく分からない』で断ってるんだとか」
「分からない? 興味が無いではなく?」
「マジで男子と接点無いんだと思う。部活も女バレだったし、小中も女子校なんだろ? 男子と絡んでるところ見たこと無いし…………処女だな」
「それは知らんが」
昼食の菓子パンを貪り卑しさ満点でほくそ笑むツカちゃん。二人の視線の先には、女子グループの中心でお喋りに夢中な新里さん。
言われてみれば、男子と一緒にいるところ見たこと無いな。偶に安東(※クラスのイケメン)が昼飯誘っても、友達の女子が追い払っちゃうし。
入院中『面白い話して』と無茶振りしたときも『去年家族で海外旅行に行ったとき……』『知り合いの女優さんからサインを貰って……』みたいなお嬢様味の強いエピソードトークを噛ましていた。ご実家は大変裕福でいらっしゃるご様子だ。
一見至って普通の女子高生だが、ちょっとばかし世間知らずなところがある。
宗教というワードに引っ掛かったのも、一般常識の欠落に起因する必然的な流れだったのだろうか……?
「向こうがその気無いなら、こっちからアプローチ掛けてみろよ。あの調子だと、別にもう宗教が云々とか言って来ないっしょ」
「……ううむ……」
「新里さん持ってかれるのは悔しいけど、裕貴なら許せる。安東だったら殺してるけどな!」
「ツカちゃぁぁぁぁん……!!」
持つべきものは親友。
間違っても信者ではない。
でも、ごめん。ツカちゃん。
その認識はちょっとだけ異なるんだ。
彼女は教室で、俺に声を掛けないのは。
興味を失ったからではない。
俺が彼女にお願いしたからなんだ。
あんな姿、クラスメイトに見せられるか……。
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