9. 信仰の違い


 放課後。ツカちゃんは気を遣ったのか『ヒトカラしたい気分だわ~』俺を置いてさっさと帰ってしまった。余計な骨を折ってくれたものだ。お前も一度脱臼してみろクソめ。友達辞めてやる。


 エリート帰宅部員でありツカちゃん以外これと言った友人の居ない俺。

 こうなるともう誰にも頼れない。ストーカー相手にも一人で戦わなければならない。


「……一緒に帰る?」

「喜んでッッ!!」


 居酒屋か。


 電柱の影からひょこっと現れ、嬉しいのか恐れ戦いているのかよう分からん微妙に興奮した面持ちで隣に居座る美少女。どう足掻いても新里真夜である。 


「わたし、まだ側近にはなれないのかな……っ?」

「あ~。どうだろうねえ~」


 早い話、俺が仕掛けた『信者より彼女になって欲しいんだよね!! 察して!!』作戦はあえなく失敗に終わった。



 退院後に家まで付き添ってくれたのだが、そのせいで自宅の場所を知られてしまい、今朝も待ち伏せを食らったのだ。実はちょっと嬉しかった。


 だがしかし。これまで男の影一つ見せて来なかったあの新里さんが。

 俺のような非モテ童貞と不可抗力とはいえ校内でベタベタしていたら、いったいどうなることか。


 慌ててその場で『信者は不特定多数の面前で教祖に近付くべからず。また、信仰心を露わにしてはいけない』という教義をでっち上げ、現在へ至る。



「まだ認めてくれないということは……信仰心が足りないんですよね!? わたし、なんでもしますっ! どんな修行でも耐えてみせますからッ! 何なりとお申し付けくださいッ!」

「んなこと言われても……」


 失敗も失敗、大失敗だ。

 前にも増して悪化している。

 目が据わっちゃってるんだもん。怖い。


 責任の一端は俺にもあるのだ。新里さんの献身的な姿勢を尊重して、敢えて教祖らしい大見得な振舞いを取って来たのだから。


 どうにかこうにか『これは信仰心じゃなくて……まさか、恋愛感情!?』という流れに持って行こうとして、自分から動こうとしなかった。


 一端どころじゃない。八割俺のせいだわ。

 でも残りの責任は取って欲しい。


「……分かった。じゃあ新里さん。今日はその……あれだ。フィールドワークだ」

「フィールドワーク……?」

「入院生活で身体も鈍っちゃったからね。外を出歩きたいんだ。その間、しっかり俺をサポートして欲しい。それだけで良いから」

「分かりましたっ! 誠心誠意、お世話させていただきますっ! あっ、良かったら背中とか乗る!? これでも鍛えてたから、安定感あると思うよっ!」

「結構です」


 鈍ってるって言ってんだろ。

 シンプルに噛み合わないな。辛いわ。



 そんなこんなで急遽放課後デートが催された。目的地は俺の最寄り駅周辺。

 ツカちゃんと遊ぶときもだいたいここ。というか他に遊ぶ場所がない。


 まぁなんだろう。教祖と信者という関係性はともかく、単純に新里さんとデート出来るって考えたら十分ラッキーというか役得というか。


 深くは考えない。考えたくもない。


「あのっ、青柳くん……ちょッとお願いがあるんだけ……いえっ、あるのですが……!」

「良いよ無理して敬語使わなくて」

「し、しかしっ……!」

「これも側近になるための試練。敬語を使ってはいけない。教祖は人を導き存在であり、同時に信徒にとって良き友である。これ、一番大事な教義。良いね?」

「わっ、分かり……分かった……っ!」


 こうでもしなきゃオチオチ話も出来ない。

 同級生に敬語使われる気持ちちょっとは察して。


「で、なに?」

「……久しぶりに、凄いところ見たいなぁって。ほらっ、こないだみたいに……!」

「晩ご飯当てたやつ? あんなん適当だよ適当」

「でもっ、見たいの! えっと、じゃあ……次に来る電車で、どんな人が乗っているか、当ててみて!」

「どんな人って、またザックリだな……」


 どういう感情で動いているんだろうこの子。

 逆に俺の能力疑っているのか。

 いやだから能力もなんも無いけど。


 鈍行電車がやって来る。この時間は学校帰りの学生が多いから、その通りに答えると『また当たった!』とか言われちゃうわけで。


 つまり、この時間帯にはまず乗って来ないであろう人。そもそもレアキャラみたいな奴を挙げれば、きっと外れる筈だ。


「可愛い五つ子の幼い姉妹が乗ってるよ」

「いっ、五つ子……!?」

「あぁ。可愛いけど頭はちょっと悪くて、将来は一人の男を取り合うような仲になる、そんな五つ子さ」


 こないだツカちゃんに漫画貸してもらった。三女が一番好きだって言ったら『これだから童貞は』って馬鹿にされた。お前も童貞だろうに。


 電車がホームへ到着。

 乗り込んだ鈍行車両の中には……。



「うわーん! いつきがおかしたべちゃったよー!」

「こらっ! よつば泣かせちゃだめでしょ!」

「にの~、そんなに大きな声出しちゃだめだよ~」

「もう、うるさいなあ」

「まったくです! さあみくもたべましょう!」



 ……………………



「……ほっ、本当に乗ってた……ッ!?」

「髪色まで一致だとォ……?」


 取りあえず写真撮って良いか聞こう。

 そしてツカちゃんに送ろう。

 もうデートどころじゃねえわ。

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