5. 救世主(物理)
「教祖様ぁぁぁぁーーっ!! どうして逃げるんですかぁぁぁぁーーっ!!」
「やめろッ! 往来で教祖とか言うなッ! ありとあらゆる誤解の源なんだよッ!!」
隙を突いて教室から飛び出したまでは良かったが、新里さんは延々と追い掛けて来る。どうやら怪我が完治したのは本当みたいだ。嘘みたいに速い。もう追い付かれる。
一先ず最寄り駅だ。
電車にさえ乗れば諦めも付くだろう。
まさか車内でも『教祖様』なんて言い出した日には、俺は本気で縁切りか不登校を考える。
後々の影響を考えたら後者を選びたい。すべては美少女なのが悪い。
「直接神託をいただく必要は無いんですっ! ただわたしを信徒と認めてくれればそれだけで!」
五分近くノンストップで走り続け疲労困憊の俺とは対照的に、息を切らす様子も無く綺麗なフォームを保ち続ける新里さん。
神託て。信徒て。そんな言葉どこで覚えた。自称とはいえ教祖の俺より宗教に精通してるのなに?
「歩道橋……ここで上手く撒ければ……!」
反対側の橋に逃げ込み距離を取る。息を整え汗を拭うその間も、対面に構える新里さんは俺の動きを捉えようと必死だ。
フェイントを織り交ぜながら脱出を図るが、一向に撒ける気配が無い。
クソ、やはり駅へ向かうしか無い! エレベーターは危険だ、待ち伏せされる!
「冷静になれ新里さん! 汗だくで女子高生から逃げ惑う神の使いがどこにいる! 救世主はいつ何時たりとも信徒へ醜態を晒さないんだ!」
「ご冗談を! 美しいランニングフォームです!」
「そういう意味では無ァ゛い!!」
勾配のキツイ階段を一気に駆け下りる。
ありがとうツカちゃん。いつも階段上るのが面倒で遠回りしていた俺に『最高のパンチラスポットなのに勿体ねえぜ!』と教えてくれて。キミの恐るべき執念が実り、一人の命を救ったんだ。
よし、かなりの距離を作れた。
このまま駅の構内へ一直線だ!
「待ってええええェェーーーーッッ!!」
交差点へ響き渡る今日一の絶叫。
あまりの喧しさに通行人も振り返る。
俺もその一部であり、振り返った先には全力ダッシュで階段を駆け下りる新里さん。凄い大股で、物凄いスピードだ。
いや、ちょっと待て。
そんな大きな歩幅で、大丈夫か?
この階段かなり急なんだけど……。
「―――あっ」
大きく踏み出した右足、小綺麗に磨かれた茶色のローファーが、次の段を捉えることは無かった。
日の光が視線を遮ったかと思ったがそうではない。靴が脱げてこちらへ飛んで来ている。
完治したとはいえ、これだけの全力疾走は久しぶりだったのだろう。昂った感情と釣り合わないアンバランスな身体が悲劇を招こうとしていた。
鞄ごと宙へ放り出された彼女は、歩道橋階段の真下へ一直線に落下していく。
空中でコントロールが効く筈も無く、頭から突っ込むのは目に見えている。
「――――新里さんッ!!」
本能が脚を動かした。
思惑とは違う、逆の方向へ。
飛び交うクラクション。
通行人の痛ましい悲鳴。
五月中旬の澄み渡る快晴。
そして、すべてを諦めたようなその表情。
なにもかもスローモーションに映る。
願わくば時間さえ止まって欲しい。
良いよ。教祖でも神でも、なんでもなるから。
どうか、どうか届いてくれ。俺にそんな力は無い筈だけれど、もし仮に、仮にあるのなら、今だけは救世主ヤギの思惑通「グぇハァアアア゛アァァ゛ァァ゛ッッ゛!!゛!!゛」
……………………
「青柳くん……っ!?」
「…………カハッ゛……ッ゛!」
「あっ、ご、ごめんね!? 大丈夫!?」
結論から言うと間に合った。案外。
問題は遥か空から落下して来る新里さんを受け止める術が無くて、思いっきり体当たりを食らってしまったということだ。
上手いこと俺の身体がクッションになったようで、一世一代の大フライトから生還した割にはピンピンした様子の新里さん。不服。
「ごめんね、ごめんね青柳くんっ……! わたしが無理に追い掛けたからこんなことに……って、青柳くんこそ怪我は!? 病院、病院行かないとッ!?」
今にも泣き出しそうな彼女は、それはもう罪悪感いっぱいという居た堪れない面持ちで俺の身体へ必死にしがみ付く。
「待っててね、救急車呼ぶからね……っ!」
「あー、うん、ありがと……」
「…………凄い、青柳くん……今度はわたしの命まで救ってくれた……っ!!」
「……ん?」
「命の恩人だ……っ!」
なんか不穏なワード呟いてるけど、駄目だ。意識が遠い。頭は打ってないと思うけど、どうせ暫く起き上がれそうにないし、素直に運び込まれるとするか。
……柔らけえなあ。おっぱい枕。
こんな思いが出来るなら教祖もアリだなぁ……。
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