4. お前がそう思うんならそうなんだろう。お前ん中ではな
「あの、聞きたいことがあり過ぎて……ちゃんと説明してくれないかな。逆にワクワクして来た自分が怖くてさ」
「……わたしは、ブルーメェ~ソンに……救世主ヤギ様に救われたのです……!」
「取りあえず敬語やめりん?」
教祖云々の前にクラスメイトでしょ、という至極真っ当な意見に、新里さんは『では畏れ多くも……』と余計な前置きを挟み、以下のように語り出した。
「……わたし、一年までバレー部だったの。でも冬の大会で靭帯を切っちゃって……競技に戻るのは危険過ぎるってお医者さんにも言われて……」
「あぁ、だから部活辞めたんだ」
そう言えば新里さん、三学期は松葉づえをついて歩いていたな。違うクラスだったから詳しく知らなかったけど、大きな怪我をしていたのか。
「すっごい気落ちしてさ。学校も辞めちゃおうかなって思ってた。それどころか、生き甲斐だったバレーを奪われて……もう、生きてる意味あるのかなって、毎日絶望してて……ッ」
「そんなに追い込まれていたのか……ん? あれ、でも怪我してないじゃん。今日も普通に体育の授業出てたし、ていうかバレーだったし」
「そうっ……! 治ったの! 治っちゃったんだよ! 全治半年近い大怪我が、一瞬で!」
迫真の訴えに思わず身がよろける。
新里さんは更にこのように続けた。
「手術後も暫く固定していたから、もう歩くだけでも一苦労で……部活は諦めたけど、せめて不自由なく生活したかったから……なんとかすぐに治す方法は無いか、自分なりに調べていたの」
「……で?」
「段々と迷走しちゃってさ……医学じゃなくて、スピリチュアルな方向に偏っちゃって。そんなとき、ブルーメェ~ソンのアカウントを見つけたの……!」
目を輝かせスマホを突き出す。
迷走している自覚はあったのか。
うん。何故その段階で踏み止まれなかった?
「最初は面白半分でフォローして、偶に投稿をチェックするくらいだったんだけど……そう、この投稿!」
「……あー。それかぁ……」
割と最初の方の投稿だ。
『徳を高める修行の一環』とか一言添えて、ガキの頃に通っていた整体で教えて貰ったマッサージの方法を長々と載せたんだっけ。
「書いてあった通りに試してみたら、本当に脚の調子が良くなって……! なんなら怪我する前より調子良いくらい! ほらっ!」
証拠とばかりにピョンピョン飛び跳ねる。
揺れ動くスカートから覗く内もも。えっちだ。
違う。新里さん、それ本当にただのエクササイズで、神掛かった不思議な力とかなんも無いんだよ。
冬に全治半年の怪我ってことは、春の段階でもう三か月は経っていて、ある程度筋力が回復し始める時期だと思うんですよ。
新里さんがリハビリ頑張ったからだよ。
俺関係無いって。
「リハビリに貢献出来たのは嬉しいけどさ……それだけで教祖とか、ちょっと思い込みが激し」
「それだけじゃないのっ! この次の投稿! 『ヤギの福音書・第7章第2項……盲目に願い、他力を信じよ。さもあれば道は開かん』……!」
「そ、それが……?」
秒で考えた超適当な名言だ。
たぶん聖書から引用した。分からん。忘れた。
「これを読んだ次の日に、あれが当たったの! 後澤社長のお金配り! SNSでやってるやつ!」
「マジで!?」
知ってる! 現金配りまくって宇宙に行きたがってる承認欲求の塊みたいな社長!
当選者少な過ぎて本当に当たってるかどうかも分からないアレ!?
「あとねっ、あとね!? その当たった10万円で、パパとママに新しいマッサージチェアをプレゼントしたんだけど……!」
「おぉっ……メッチャ親孝行だね」
「そしたら二人とも、長年悩まされていた腰痛が一発で治っちゃったの! パパなんて張り切ってジムに入ったんだよ! 今度ボディビルの大会に出るの!」
ますますヒートアップする新里さん。
今度は両親も回復しちゃったのか。
いやだからね。凄いのはマッサージチェアだし、ジムとボディビルの件はお父さんのバイタリティー故で、まったくもって俺のおかげでは無いよね?
「それからもブルーメェ~ソンの投稿通りに生活したら、毎日良いこと続き! 写真に載ってたからあげはすっごく美味しかったし、初めてカラオケで90点出しちゃったり……ほら、このぬいぐるみのキーホルダーも! 救世主ヤギの化身なんでしょっ!?」
違うよ。適当扱いただけだよ。
知らんアニメのキャラクターだよ。
「これも一発で取れちゃったの! クレーンゲームすっごい苦手なのに! やること為すこと、全部上手く行くんだよ! こんな経験生まれて初めて……!」
「そ、そうなんだ……ッ」
「でも、やっぱり決め手は……最後の投稿かな」
「最後の?」
いつ投稿を辞めたのかすら覚えていない。
確かそれっぽい長文を書いたような……。
「『すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう』…………これを見て、もう間違いないって確信したのっ!」
あ。思い出した。
聖書の丸パクリだわそれ。
「この一か月間、わたしもパパもママも良いことばっかりだったのは……ブルーメェ~ソンのお導き通りに過ごしていたからだって! 絶対にそうっ!」
「…………」
「パパとママにもこのことを話して、最初は半信半疑だったんだけど……ちゃんと信じてくれたの! だから、わたしがブルーメェ~ソンに入信するのも、許してくれたんだよ!」
「…………え、入信?」
黙って聞いていたがもう限界だ。
入信? ブルーメェ~ソンに?
お遊びで作ったワケ分からん宗教に?
同級生が教祖名乗ってるエセ教団に?
「そして今日、思い出したの! 青柳くんが宗教を始めたって噂、前に友達が話してて……もしかしてってずっと思ってた! 確かに青柳くんって、妙に人を引き付けるオーラがあるっていうか、超然とした雰囲気があるっていうか……!」
「ちょっ、待て待て待てッ!? 落ち着いて新里さん! あんなの全部おふざけの嘘っぱ――」
「噓でも良いっ! わたしにとって青柳くんの教えは、正真正銘の本物だったんだから!」
えぇ~~そっちに傾く~~?
「お願いします、青柳くん……いえ、教祖様ッ!! どうかこれからも、わたしをお導きくださいッ! ブルーメェ~ソンのおかげで、わたしの人生は変わろうとしているんです! 現に変わったんです! あんなに絶望していたのが、今では嘘みたい……!」
……完全にスイッチの入った目だ。
これもう、なに言っても聞いてくれないぞ……。
「わたし、なんでもしますっ! ブルーメェ~ソンの凄さを、みんなにも知って欲しいんですっ! 布教のお手伝い、させてくださいっ! お願いします! お願いしますッ!」
再びの土下座。
理詰めで追い込んでからの、土下座。
逃げよう。
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