信者を獲得しよう!
3. 見知らぬ、信者
五限が体育だったので、体調不良を理由に俺は学校を早退することにした。
ツカちゃんは何も言わなかった。漠然とした不安と焦燥に苛まれる俺の苦しみを、彼もきっと見抜いていたのだろう。良い奴だ。一生友達でいて欲しい。
「青柳くん……ちょっと良いかな?」
さよならツカちゃん。
今までありがとう。
「新里さん……授業は?」
「サボっちゃった。ほらっ、一応保健委員だしさ……体調不良のクラスメイトを案ずるのも仕事みたいなものでしょっ?」
一人きりだった筈の教室。
早急に着替えを済ませ荷物を纏めていると、同じく制服姿に戻った新里真夜が扉を開け現れた。
開けっ放しの窓から五月中旬の朗らかな香りが飛び込んで来る。
風に揺れた短いスカートが不気味なほど絵になるわけで、色んな意味で冷静ではいられない。
「体調、大丈夫?」
「え。あっ、うん……まぁ、そこそこ。バレーやるにはちょっとシンドイかなってくらい?」
「そう、なら良かった……っ!」
心底安心したという面持ちでホッと息を吐く新里さん。腕を背に回しゆっくりと近付いて来る。上履きなのに足音が聞こえそうだ。
分からない。なんだそのボーっとした表情は。
俺を見ているのかどうかもハッキリしない。
(流石と言うべきか……相変わらずの可愛さだ。とはいえ、だがしかし……)
大変お綺麗でいらっしゃる。
肩に掛かるミディアムカットの黒髪。
切れ長の大きな瞳や通った鼻筋。
可愛いと美人を良いとこ取りしたような、文句のつけようがない美少女。
一年の頃はバレー部だったらしく、スラリとした長い手足は非常に健康的かつ魅力的。それでいて、結構なおもちをお持ちである。
「ところで青柳くん、ちょっと聞きた……いや、是非お聞かせいただきたいのですが……」
「な、なんだよ畏まって。同い年のクラスメイトだろ。俺みたいな小市民に新里さんともあろう人が気を遣う必要無いよ」
「そっ、そういうわけにはいかな……いきません! もしわたしの考えている通りなら、こうしてお声を掛けるだけでも……うぅっ……!」
喋れば喋るほど、新里真夜の美しいお顔は緊張と共に強張りを増していく。声も震えていた。挙動不審の四文字が何より似つかわしい。
解せない。新里真夜は知る限り結構な陽キャの筈だ。快活で、明るい性格の少女。
このように誰かへ遜った態度を取る場面は一度だって見たこと無い。
余計なことを思い出す。
思い出さないわけにはいかない。
彼女がこうも取り乱す理由。
「……四月二十日」
「えっ?」
「四月二十日、午後四時三十五分……どこでなにをしていたか、教えていただけますでしょうか……!?」
「そんな一か月も前のこと聞かれても……あー、でも……あぁ、そうか、土曜日だったかな」
「はい! 土曜日ですッ!!」
「なら確か、ツカちゃんの誕生日だったから……その日は二人でカラオケ行って、からあげ屋ハシゴして、ゲーセン寄って、俺ん家でゲームして……」
例のおふざけ宗教を立ち上げて二日後だ。
野郎二人で寂しく誕生日を祝った。
「かっ、からあげ……ゲームセンター……!? ならやっぱり……ッ!」
「え、ちょっ、新里さ」
「間違いない……一致している……ッ!」
すると新里さん。席に置いてあった鞄からメモ帳を取り出し机へ叩き付けると。
物凄い勢いでページを読み返し始める。
鼻息が荒い。バカに興奮している。怖い。
待って。なに。どういう状況?
「クレーンゲーム……しましたか……!?」
「えっ。あ、うん。これ取った」
クソ小さいヤギのぬいぐるみをゲットした。
ちょうど持っていたので鞄から取り出す。
付けるところがなくて困ってるんだよな。
「…………これ、ですよね?」
「うん。同じの持ってるんだね」
「やっぱりそうなんですねっ……!?」
「新里さん、さっきからなんの話を」
「青柳くんが『ブルーメェ~ソン』の教祖、救世主ヤギ様の生まれ変わりなんですねっ!? そうなんですよねっ!?」
口をポッカリ空け小刻みに震える新里さん。
手元を乱しキーホルダーを落としてしまう。
「ありがとうございます! ありがとうございます! お救いいただき、大変感謝しておりますっ! そして、不躾ながらお願い申し上げます!」
「……うん」
「どうかわたしを『ブルーメェ~ソン』の正式な信徒としてお認めくださいッ!! お願いします、教祖様ああぁぁ!!」
絶叫。のち土下座。
教室の床に這い蹲る新里真夜。
に、教祖呼ばわりされる非モテ童貞、オレ。
いやだからどういう状況?
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