10. 趣味が合う


 写真はお断りされた。

 強面の父親に制された。悔しい。


 この地域には路線が一本しか無い。市を縦に分断するように通っていて、電車に乗るのは登下校のときくらいだ。使い勝手が悪い。原付欲しい。


「この辺りはよく来るの?」

「ううん。一年の頃は部活で忙しかったし、中学まで寄り道は禁止でし……だったんだ」

「買い食いも禁止とは厳しいご両親だね」

「お小遣いも溜まる一方で……」

「なのにお金配り応募したんだ」

「あははっ……興味本位で一回だけ……」


 一回だけで当てちゃったのか。

 それで信じたくなる気持ちも分からんでも無いが。


 でも俺のおかげではないよ絶対に。お金配り社長の趣味だと思うよ。

 一回り年下の女優と付き合ってたくらいだもん。JKのリア垢とか興味津々でしょ。知らんけど。



 さて到着。市で一番大きな駅だ。

 俺たちと同じような目的の学生も多い。

 ただし大半はジジイとババア。


 まだ陽も高い時間帯なので室内に引き籠るのもどうかと、駅周辺を適当にほっつき歩くことにした。ここだけでそれなりに時間は潰せる。


 人手の少ないショボっちい商店街だが、学生のつつがない放課後には十分だ。デート相手が信者な時点で色々と破綻してるけど。


「わあっ、美味しそう……っ!」

「実際美味いんですよこれが」


 そんな限界都市唯一の自慢と呼べるものが、この商店街に店舗を構えるクソ美味いフルーツサンドのお店だ。パンにフルーツ挟んだやつ。


「こんなお店があったんだ……知らなかったなぁ」

「元々は八百屋さんでね。激選した新鮮なフルーツだけ仕入れていて、余計な味付けもせず素材の味で勝負している。生クリームもたっぷりで満足度も高い」

「く、詳しいね青柳くん……」

「毎日買ってます故に」


 店内で座って食べれるので、席を探してサクッと注文を済ませる。二人揃ってマンゴーサンドだ。俺がゴリ押しした。こんなときくらい思い通りにさせろ。


「ここに取り出しますのが、じゃーん」

「えっ……練乳!? チューブ持ち歩いてるの!?」

「そのツッコミも慣れて来た頃ですわ」


 素材の味がどうこう言っときながらガンガンにブッ掛ける。うまうま。


 流石に新里さんも驚いているというか、若干引いているようだ。まぁ自覚はある。ツカちゃんもいっつもキモがってる。



 え。急に活き活きし出してどうしたんだって?

 そりゃもうアレよ。諦めの境地だよ。


 彼女のこと散々言っておいてなんだけど、俺も俺で結構な変わり者らしい。

 ツカちゃんにも『こんなおもキモイ奴はじめて見た』とかよく言われるし、実際そうなのだろう。おもキモイの意味はよう分からんが。


 真っ当な教祖を演じるつもりは毛頭無い。

 だったら、全部曝け出してしまえば良いんだ。


 せっかく仲良くなれたのに、わざわざ彼女を遠ざけるような真似は、本当はしたくないけれど。

 入院中も何だかんだ楽しかったし。本当に彼女になってくれるなら嬉しいし。


「美味しいの……? 素材の味殺してない?」

「バチクソ美味え」

「そ、そうなんだっ……」


 でも、たぶん無理。


 これから先、彼女の評価が『教祖様』から『気になる異性』へ変化することは、きっと無い。


 ならいっそ嫌ってくれた方がマシだ。そもそも俺と新里さんじゃ、どう足掻いたって釣り合いが取れないのだから。



 これで良い。これで良いんだ。

 楽しい一週間だった。


 この美しい青春の思い出を。今日食べたマンゴーサンドの味を、俺は生涯忘れないだろう。


 さようなら、永遠の彼女候補。

 愛すべき我が信徒よ……ッ!!



「本当だっ! なにこれ美味しい!?」

「…………えッ」

「すごいっ、すごいよ青柳くんっ! マンゴーの食感とクリームの濃厚さを保ちながら、更に深い味わいが楽しめる! こんなの食べたこと無い……っ!!」


 俺をも上回るあり得ん量の練乳をぶっ掛け口に運ぶや否や、ぱぁーっと目を輝かせ、満面の笑みを咲き誇らせる新里さん。


 口元に付いたクリームがなんとも不格好で可愛らしい。ちょっと惚けた面がまたチャーミングだ。


 って、なにハマっちゃってるの?

 誰も理解してくれない好みに共感しないで?



「どうしよう、これ。ハマっちゃったかも……!」

「……カロリーには気を付けてね」

「うんっ! 気を付ける! あっ……でも、もう一個食べたくなっちゃったかも……っ」


 照れ笑いと共に席を立ち店頭へ戻る。

 いつの間に食い終わったんだ。

 俺まだ半分しか食べてないのに。


(だから、どうしてそうなるゥ?)


 俺の一番キモい部分を見せ付けて距離を置いて貰おう作戦は、やはり失敗に終わった。


 逆にどうすれば好感度もとい信仰心が下がるんだ。全裸でシャッフルダンス踊るくらいしかもう思い付かない。


「じゃーん! 今度はイチゴサンド!」

「お、おう……それも美味しいよ」

「へへへっ……いっぱい掛けちゃおーっと……!」


 ウキウキで練乳を垂らしまくる。

 チューブもうベッコベコじゃん。

 俺より掛けるのやめて。補充しないとじゃん。


(これはこれで普通のデート……なのか……?)


 良いんだけど。それはそれで別に良いんだけど。

 なんか違くない? そうじゃなくない?


「知らなかった……わたしの見て来た世界がどれだけ狭くて暗かったのか……! 新しい扉が開けるって、こんな感覚なんだ……っ!」


 勝手に手応え掴まないで?

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