11. 幻想だぞ
「青柳くん。クリーム付いてるよ」
「えっ、どこ」
「唇の下。そっちじゃない、こっち。ほらっ、取ってあげる!」
持ち合わせのティッシュでクリームを拭き取ってくれる。スラリと伸びる指先はまるでガラス細工のようだ。指に付いた分をペロリと舐め取って、楽しそうに身体を揺する。
えっちだ。
「ごめんね、ありがと。ゴミ貰うよ」
「ううんっ、大丈夫! わたしが持っ……処分しておくから! 気にしないでっ!」
「あ、そう。なら宜しく」
かれこれ三十分ほど店に居座っているが、懸念していたよりは随分大人しい。
気付けばここ暫くはブルーメェ~ソン絡みの話題も無しに会話が成り立っていた。
メチャクチャ普通にデートしている。
そうだ、これだよこれ。これがやりたかっ「えっと……まだダメ、かな……? これって献身的なお世話のうちに入る気がするんだけど……! どっ、どうでしょうか!?」
徹頭徹尾打算塗れの発言どうもありがとう。
感動してた時間返して。
「……そうだね。よくやってくれているよ」
「よっ、良かったぁ……! わたしったら、フルーツサンドがあんまりにも美味しくて、すっかり立場を忘れそうに……あっ、気に障ったならごめんなさいッ! 破門だけは、破門だけは赦してくださいッ、お願いしますッ!!」
テーブルに頭を打ち付け平伏。
外で土下座をしてはいけないという最低限の常識は持ち合わせているようだ。店内で大声を出してはいけないという常識は無いようだが。
(あと一押し、か……?)
当人も忘れていたと口にするように、ブルーメェ~ソンを絡めなければ真っ当な女の子だ。
それも飛び切り可愛い同級生。デートの相手としてなんら不満は無い。
そうだ、このまま更に『デート感』を演出すれば……教祖云々は抜きにして、もっと俺に対する好感度を高めることが出来るのでは?
(ううむ……そもそも女の子とデート自体初めて過ぎる……次の一手はなんだ……ッ!)
ツカちゃんと遊んだ記憶しか脳内に保存されていないから、新里さんのような女の子が喜ぶデートプランなど一切分からない。困り果てた。
『急募:女の子の喜ぶ場所』
『ラブホ』
駄目だ。ツカちゃんは頼れない。
と、再びスマホに通知が。
『プリクラでも撮れば?』
『ありがとう神様』
『違うよ。神は裕貴だよ』
『明日出会い頭に殺してやる』
ナイスアイデアだ。ゲーセンも近くにある。
まさにデートって感じだ。
ここで一気にペースを引き寄せる……ッ!
「ゲーセン行ってもいい?」
「は、はいっ! 教祖さ……青柳くんと一緒なら、いつどこまででもっ!!」
散歩を楽しみにする犬みたいに喜ぶ。
凄いよな、今の台詞。告白も同然なのに。
ちっともその気が無いとか、逆にもう詐欺だろ。
店から徒歩数分のショボいゲーセン。
未だに太鼓の鉄人が『最新曲収録! 大人気コプクロの桜!』とか言ってるくらい台の入れ替えが無い。今どき誰が聴いてんだよ。サングラス煮て君が代しゃぶってろ。
利用客もごく少数。ここなら顔見知りに目撃される心配も無いだろう。テラス席でフルーツサンド食い散らかしていた時点で今更か。
「プリクラ撮ろうぜ」
「えっ……しっ、写真、ですか……ッ!?」
自然な流れでコーナーへ向かったのだが、新里さんの足取りは重い。気後れしている様子だ。
プリクラ嫌いなのかな。だとしても悪いのはツカちゃんだけど。明日殺そ。
「それって、やっぱり……わたしも一緒に写るんですよね……っ!?」
「一人でプリクラ撮るのは嫌かな。普通に」
「そんなっ、畏れ多いです……ッ! 教祖様と同じ絵に映るなんて、なんて罰当たりな……!」
これからバンジージャンプでもするのかというレベルでガチガチに震えあがっている。
なんだよ。教祖とフルーツサンド食うのは抵抗無いのに写真は駄目なのかよ。
実はツーショット嫌がってる? 童貞とデートした証拠残したくないってこと? むしろそうであれ?
「クッ……ここまで来て嫌とは言わせないからな! 大人しく教祖の言うことを聞け!」
「うっ……! はっ、はい……!」
大人げなくもシンプルに苛付いてしまったので、強引に腕を引きプリクラ機の中へ引きずり込む。
教祖、という言葉にやはり過剰に反応する新里さん。ここまで効果てき面だと、徹底的に悪用したくなって来るな。しないけど。勇気がない。
「ほら新里さんっ、撮るよ! 大人しく人生初ツーショットの餌食になれッ!」
「ひいいぃぃっ……ッ!?」
メチャクチャ身体震えてるじゃん。なにそれ。
その反応さっき欲しかったよ。練乳返せ。
機械音に合わせポーズを構える。
が、新里さん。ここで思わぬ行動に出た。
「あっ、ちょ、何処へ!?」
「やっぱり無理ですうううーーーーッ!!」
直前で機械の中から逃げ出してしまう。
既にシャッターは切られており、画面に映し出されたのは俺一人だけ。プリクラでソロ撮影は聞いたこと無いな。末代までの恥だ。
追い掛けようにも行方が分からないので、もうどうにでもなあれの精神で残りのショットにも一人で写り込む。無我の境地。
「あれ。いる」
「えへへへっ……」
腹いせにゴミみたいな落書きでも書いてやろうと思ったのだが、プリクラ機の外で新里さんが写真を持って待っていた。
もう描き終わって現像したのか?
早いな。そしてなんのために?
「そんなに嫌なら先に言ってくれよ」
「あっ、ご、ごめんなさい……ッ。でもっ、どうしても写真が欲しくて……っ!」
「ハッ?」
そうだな。持っているのは俺の写真だな。
男の一人プリクラ。この世の地獄。
それが欲しかったって、えっ?
「これがあれば、毎日青柳くんの顔を拝みながらお祈りが出来るから……っ!」
「…………」
「ツーショットはまた今度、ちゃんと側近として認められてからでお願いしますっ! 今のわたしでは、教祖様のお隣で写真に写るなど許されませんッ!」
いやそんな真面目な顔して言われても。
駄目だ。もう無理かもしれん。
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