16. √共通イベント


「随分溜まったな」

「これでもだいぶ返した方なんだよね。いちいち買い足して貰うのも可哀そうだし、ちゃんと洗ってコッソリ鞄に入れているんだけど、全然減らないんだ」

「凄いなお前。JKの靴下持ち歩いているのか」

「もはや俺自身がソックスになりそうだよ」


 一週間で八本のソックスを手に入れた。鞄に収められたそれを見て、ツカちゃんは顔を引き攣らせる。


 突然の雨で靴を濡らしても安心だ。

 ソックス屋さんを開けるかもしれない。


「偶にハンカチも貰うけど、基本はソックスだね」

「靴下フェチだと思われてるんじゃね?」

「まぁ嫌ではないよね。新里さんのソックスだし」

「意地でも靴下って言わないその拘りはなに?」


 新しい修行を与えるべきか。ソックスはもう要らないし。サイズ合わんから履けんし。


「だったらもう、おパンツだろ」

「パンティーか……」

「羨ましいわぁ~。欲しいって言うだけで無条件でおパンツ差し出してくれるクラスメイトとか、どうすれば手に入るんだよ」


 滅多なことを言うんじゃない。一歩間違えればお前がソックス屋さんだったんだ。

 

「私物を考え無しに渡してくれるようなら、おパンツも靴下も大差無さそうだよな」

「キミも徹底的に『おパンツ』なんだねツカちゃん」

「おパンツはおパンツだろ」

「まぁ良い。俺は平和主義者だからな。そしてパンティー原理主義者でもある」

「原理云々で言ったら下着になるだろ」

「黙れ」


 今日も新里さんは中庭で待っている。

 俺のために焼きそばパンを買いに、先ほど購買へ走って行ったところだ。


「何だかんだで裕貴も教祖楽しんでるよな」

「フッ。見誤るなツカちゃん。俺は一度だって本質を見失っていない。すべてはアオハルセックスのため。多少の遠回りは必要不可欠なのさ」


 地球を一周回って家の隣のコンビニへ向かうような遠回り感は否めないが、籠略は着実に進んでいる。


 ソックスの頭文字がセになるまで、俺は諦めない。

 宗教でもなんでも利用してやる。


 すべては青春もとい性春のため。

 少なくとも今、俺は正気に戻るべきではない!!


 なんだか遠い目をしているツカちゃんだが、きっと新里さんとお昼を食べられるのが羨ましいのだろう。間違いないな。はははははは!!!!



「青柳くん、これが今日のソックスだよ……っ!」

「はいどうもありがとう。じゃあ俺も」

「やっ、やった……!!」


 この日は結局言い出す勇気が出なかった。脱ぎたてホカホカのソックスを受け取り、同時に差し出された小瓶の蓋を開ける。


 鳥肌注意報発令。

 鳥肌注意報発令。


 よし、発令したからな。

 ご飯食べてても知らないからな。行くぞ。



「うわぁっ……いっぱい出てる……っ!!」


 舌を突き出し小瓶に涎を垂らす様を、新里さんは野良猫でも発見したかのようなデレデレのだらしない顔で眺めている。


 穴だらけの教義の穴を突かれた形だ。ギブアンドテイクがどうこうの件をしっかり否定しなかったから、気付いたら『俺も献上物の代わりに何かを差し出す』というルールが加わっていた。


 そして新里さんが要求したのが、俺の唾液。

 四種の神器()のなかで一番嬉しいらしい。


 小瓶を受け取ると新里さんはハァハァと色っぽい吐息を溢し、焼きそばパンと練乳のブレンドされた俺の唾液を愛おしそうに見つめている。


 キメエ。



「そうそうっ、見て青柳くん!」

「あぁ、可愛いヤギちゃんが」

「こないだのプリクラの写真、ここに貼ったんだぁ……! これなら毎晩の礼拝も効率的になって良いと思わないっ?」

「じゃあそれで良いよ」


 救世主ヤギの化身こと知らんアニメのキャラクターのぬいぐるみに俺の顔写真を貼り付けて、毎晩欠かさず感謝を捧げているようだ。


 勝手に御神体扱いされてる。

 制作会社に謝りたい。菓子折り持って。


 という具合で、よしんば俺が『パンティーくれ』などと口にした日には、それに匹敵するものを彼女に与えなければならないのだ。軽々しい真似は出来ない。


 新里さんのパンティーと同じくらい貴重なもの……なんだろう思い付かない。二親等分の命とか?


「それにしても、この中庭って本当に人が来ないんだね。良い場所なのに」

「虫がうじゃうじゃ出るからね。ガキンチョボーイならともかく女子は寄り付かないんじゃないか?」

「…………あれは?」

「言ってる傍から女子ではある」


 新里さんの指差す先は、中庭の端っこに立っているまぁまぁな巨木。あそこがまさに害虫の発生源だ。


 うん、確かに誰か居るな。

 あんな汚い木に登ったのか。

 わざわざなんのために。


「なにしてるんだろう?」

「木登りが趣味か、木の上で昼寝をするという行為そのものに憧れている厨二患者のどちらかだね」

「だとしたらもっと気になるんだけど……」


 随分と心配そうなご様子なので、昼食を中断し木の麓まで赴く。


 俺たちの存在に気付いたその女性は、今にも泣きそうな情けない面でこのように叫ぶのであった。


「あっ……! たっ、助けてくださいっ……! おお降りれないんですぅぅ……!」


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