1-5 1度なら偶然、2度なら必然

 晋太は面白い話への食いつきがすごい男だ。

 ここで下手に誤魔化そうとしてずっと付きまとわれるよりかは、今素直に全部喋ってしまった方が楽だろう。どっちにしろこんな目立つ人達が集まる謎の部だ。すぐに皆に知れ渡るに違いないし。

 僕は、祐姉さんが僕の幼なじみだということや祐姉さんが作った小説のネタを探すための部でこの人たちは部員だよという説明を僕は無理やり入らされただけですよ~というニュアンスですることにした。

 結果、


「はーー!羨ましい!前世どんな徳を積んだんだお前って野郎は!あやかりてぇ!!」


 などとわざとらしく廊下に膝をつき手で床を叩く素振りを見せる。全身で悔しいを表現しないで欲しい。僕が恥ずかしくなる。


「…春色、こいつは?」


 祐姉さんが怪訝な声を出すので、中学からの友人だと言おうとして、急に起き上がって片膝をつき、祐姉さんの手を取った晋太に阻まれる。


「春色の大の親友…有川晋太と申します。柏原先生…いえ、柏原紅葉先生」


 キラキラという効果音が聞こえそうな声を出す晋太。誰だお前。さっきとはまたベクトルの違う直視のしづらさがある。

 ちなみに柏原紅葉は祐姉さんのペンネームだ。


「先生の作品、全て拝読させていただいております。大ファンです。ありがとうございます。もし兼部など可能でしたら、私もぜひとも先生の作品の糧となるその部活に参加させて頂きたいのですが…」


 ここで(僕にとって)驚愕の事実。晋太って祐姉さんのファンだったの?!一人称気持ち悪っ!


「おー、ファンか。ありがとな。サインいるか?」


「家宝にしまぁす!!」


 どこからかペンを取り出して、ここにお願いしますとノートを差し出した。ファンなのは冗談ではなくガチらしい。

 手馴れた様子でサインをしながら祐姉さんはなにか興味を引かれたのか晋太に「有川は何部に入ってんだ?」と声をかける。


「はい。先生に憧れて物書きなど目指しておりまして、新聞部に所属しております。生徒たちのネタ集めでしたら得意ですのでぜひ」


 とそこまで聞いたところで祐姉さんの顔がぱあっと明るくなり何故か僕に向かって笑いかけてくる。なんで。


「春色お前…私が言う前に気心知れた情報通なサポート友人枠まで用意していたのか…さすがは私が見込んだだけある」


 そんな魂胆で友人作ってないってば。なんとも熱い風評被害である。

 と、そこで「そういえば…」と晋太が首を傾げる。


「陸前とか九条、浅木さんとかは資料として最適なのは分かるし、そこの超可愛い新入生も分かるんだけど…春色はなんで先生の観察対象に選ばれたんだ?」


 …説明したくない。自意識過剰野郎みたいで説明したくない…。

 僕がいくらそう思っても祐姉さんはお構い無しなのだ。


「むしろ春色がメインだからな」


「えっそうなんですか?その心は?」


 この心は?じゃない。掘り下げないでくれ。


「有川は春色の家族に会ったことあるか?」


「あるっす」


 あるね。長期休みの時とかうちで宿題とかやってたもんね晋太。


「そしてこの私が幼なじみで、そこにいる新入生の河合も昔からの知り合いだ」


「へー。なんかお前ラノベの主人公みたいなスペックだな」


 ラノベ好きなだけあって的を射たこと言いやがる…。祐姉さんは「それだよ」なんて言って晋太に親指を立ててるし…。


「まじっすか。えっ、めっちゃ楽しいことになってんじゃん。なんで俺を1番に誘わねーの春色」


「お前が楽しいだけだろが…」


「ってことは残りの3人ももしかして春色目当てだったり?それはないか…「もちろんそうよ?」「当然だな」「そうでなければここには居ない」…まじか!めちゃめちゃ楽しいことになってんじゃんか!なぁ!」


「うっさいなぁもう!」


 ケラケラ笑う晋太をどついてしまったのは仕方ない。人の苦難を笑うやつはこうだっ!


 とまあ、そんな流れで晋太の入部も決定したのだった。…絶対事あるごとにからかって来るやつじゃん…。



「…和泉、」


「ん?なに九条くん?」


「俺にも有川にするように気軽に接しても構わないぞ」


「うーん。九条くんが僕と目を合して喋ってくれるようになったらね」


「俺も良いぞ春色。気安く何発でもサンドバッグのようにどついてくれ」


「うん、陸前くんはちょっと発言がギリギリアウトだから表現考えてね」


「春くん私だって」「私もはるちゃん先輩になら…!」


「女の子はどつかないよ!?」



 ***



 そして、

 祐姉さんの宣言通り今日はそのままお開きとなり、帰り道、

 僕は彼女に出会った。



 ***



 いつも通る家までの道を歩いていると、横の路地から小さな諍いの声が聞こえた。女の子の声で、「やめてください」「離してください」なんて言うセリフまで聞こえる。初めてこんなテンプレな厄介事に遭遇してしまった…部活のことといい、今日は厄日か…?


 …聞かなかった振り、は出来ないなぁ。


 路地に入るとくたびれたスーツを着たおじさんが女の子の腕を掴んでいるのを発見する。

 うちの高校はベースとなる制服が存在し、それを自己改造することが許されている。僕なんかはめんどくさいから普通にそのまま着ちゃってるけど。

 女の子が着ているのは少し変えてあるもののどう見てもうちの制服で、いい歳したおじさんが学生に絡んでいるということになる。うーん、犯罪臭。

 ため息をつくためか、深呼吸するためか、僕は無意識に深く息を吐いてから声をかけた。


「あのー、その子、嫌がってますよね?」


 僕に気付いたおじさんは「関係ないやつは引っ込んでろ」なんて言ってくる。

 そんな言葉で引っ込めるくらいなら初めから声掛けないってば…。

 その子を掴むおじさんの腕に触れながら僕はもう一度注意する。


「手、離してください。なにか話すにしても良くないと思いますよ、こういうの」


 するとイライラが僕に向いたのか「うるせぇ!」と女の子を離して利き手で殴ろうとしてくる。

 先に手を出したのはおじさんなので、ありがたく正当防衛。腕をひねって、おじさんの勢いを使わせてもらってそのまま地面に転がした。

 確かに僕は普通の男と比べても筋肉がなくて力も弱いけど、

 昔、力でねじ伏せるみたいな行動に嫌な経験をさせられてから、

「力ずくで襲いかかる」ということに対しての対策だけは欠かさなかった僕だ。無力化にはちょっと自信がある。


「痛てててててててて」


 おじさんを捻りながらこれからどうしたものか…そこの子に警察でも呼んでもらうか?などと考えていたら急に僕の体が浮く。

 …浮く?!

 驚いておじさんを離してしまう。

 振り向くとそこには僕を持ち上げた陸前くんがいた。


「悪い、カバン取りに行ってる間に春色帰っちまうから遅くなったわ」


 そう言ってにかっと笑った陸前くんは僕を下ろしてくれる。見ると片足でおじさんを踏んでる。上手いこと重心を抑えてるのか、軽く踏んでるだけのように見えるのに、おじさんは立てないようだ。


「…で?この不逞の輩はどうする?折っとくか?」


 落差~!笑顔からの落差~!!急にすっごい冷たい顔するからびっくりしちゃうよ!

 何を折るかは置いておいて厳重注意して離してあげてとお願いする。

 そして女の子に向き直るとぽかんとしながらこっちを見ていた。


「えーっと、大丈夫?」


 声をかけるとはっ、とした様子になり髪先を指でくるくると触りながら視線を逸らした。


「…ふ、ふんっ。別にあなたに助けてもらわなくったって大丈夫だったんだから」


「まあ何かあるよりマシだからね。知り合いだったならどうしようと思ったけど違うみたいで良かったよ」


「知り合いじゃないし!…財布を拾ってあげただけ。なのに、急に馴れ馴れしくして…」


 言いながら少しぶるっと震える女の子。やっぱり口では強がってても怖かったんだろうな。


「…えーっと。家まで送ろうか?」


「必要ないし。…まあ、感謝、しておくわ。じゃあね」


 そそくさと立ち去る女の子の背中を見送っているとおじさんを処理した(いつの間にかおじさんが消えてる。怖い。さっきまでちょっと離れたところでボソボソ話してたのに…。多分何もしてないと信じたい。)陸前くんが急に「なんだあの子。感謝の気持ちが足りないな。処す?」なんて言ってくるから「処さないよ」と返しておく。

 今日だけで一生分の処さないよを言った気がする。…一生分の処さないってなんだよ…。


「それより春色!」


「ん?何?」


「お前は俺の主君だろう。1人で危ないところに突っ込んでくのはやめてくれ」


 ぷんぷんと怒った様子を見せる陸前くん。いやまだ主とかになるなんて言ってないし…


「せめてなにかする前に俺に連絡入れてくれ。秒で追いかけるからさ。そうじゃないなら24時間365日俺に身辺警護をさせて欲しい。むしろそっちを許してくれた方がありがたいけど」


 セコムじゃん…?


 とりあえず後者は勘弁してもらって、普通にLINEだけ交換した。



 ***






「…やっぱり、助けてくれた」


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