2-1 グッバイ、平穏だった僕のクラス

***



 男の子と女の子が遊ぶ夢を見る。


 これは自分の記憶なのだろうなと漠然と理解しながら、少し離れたところから2人の様子を眺めるだけの夢。

 幼い頃の自分と一緒に幸せそうに笑う⚫⚫に手を伸ばそうとして、段々と意識が覚醒していく。


 ああ、もう起きる時間か。



***



 今朝もいつもと同じように六花兄さんと鳴海にご飯を用意し、お弁当を作り、家を出…


「おはよう春色!いい朝だな!」


 …ようとしたところで直射日光みたいな笑顔に遭遇。つい玄関の戸を閉めて戻ろうとしてしまった。危ない。


「…陸前くん?」


「ん?まだ寝ぼけてんのか?」


 いや、寝ぼけてないが?

 玄関先でグダグダしても仕方ないので、陸前くんを連れて歩き始める。

 なんでうちの前にいたのか尋ねてみると、どうやらこれも主従ごっこ(?)の一貫らしく護衛をしてくれるとか。

 謹んで辞退しようとするも、


「いや、同級生に護衛って…ちょっと申し訳ないっていうか…」


「気にしなくていいぞ?今までだって半年くらい、隠れてただけで出来るだけ主君を守るべく登下校を見守ってたし」


「ヒエ」


 そういえばこの人、昨日話を途中で切り上げちゃったけど、半年間主の品定めをするためにストーキングまがいのことしてたって言ってた…

 人ってそこまで気配消せるものなのかな…?それとも僕が鈍感なの…?と何だか遠い目をしてしまう。


「俺に隣を歩かれるのはちょっと…って言われたら、また隠れての護衛に戻るけど」


「…………このままでお願いします」


「よっしゃ。じゃあ行こうぜ」


 見えない恐怖より見える恐怖の方がマシ理論という訳でもないが、どうせ一緒に移動するのが決定事項なら、隠れる意味がないし。

 まあ多少認識の齟齬があるけど、友達と一緒に登下校だと思えば、うん。


「俺がいるからには主の半径1m以内に接近したやつはみんな処理してやるからなー!」


「処理しなくていいから普通に一緒に登校しようね」



***



 そうして学校に着き陸前くんと別れたあと(僕のクラスは1組、陸前くんは隣の2組だ)、いつものように教室の戸を開け…


「あっ。おはよう、春くん」


 …学年屈指の美女の花が綻ぶ笑顔、一瞬の静寂、一拍置いて集中する(主に男子の)視線、のコンボに耐えきれず、そのまま教室に入らず戸を閉め直そうをしてしまった。危ない。家でもやったぞこの動き。

 逃げても何もならないな…と無理やり足を動かして自分の席の方に向かう。グッバイ平穏。

 ざわつく室内の至る所で「え?今浅木さんから挨拶した?」「ハルくんって?和泉のこと?」「え?名前あだ名呼び?どういうこと?」などという声が聞こえる。

 つい勘違いしてた…。昨日まで普通に和泉くんって呼んでたから、てっきり教室とかでは元のままなのかなって…。

 違ったね。もう隠す気なくグイグイ来るね。


「春くん?ぼーっとしてどうしたの?」


 僕の席近くまで歩いてきて、こてんと首を傾げる浅木さん。

 周りの男子たちがオーバージェスチャーに胸などを抑えたり目眩が起きたような動きをしているのが見える。そこにヒソヒソと「またハルくんだって…」「え?もしかして付き合っ…」などと聞こえてくるからもう僕は針のむしろだ。

 でも挨拶を返さないのは良くないので当たり障りのないように軽く笑って答える。


「…あ、いや、なんでもないよ。おはよう浅木さん」


「もー春くんったら。つばめって呼んでって言ったのに」


 当たり障りのないように受け答えする作戦が早々に失敗。詰み。

 僕はカバンを整理する振りをして俯く。

 もうクラスの人たちの目が痛い。みんな目玉が飛び出るんじゃないかと心配になるくらい見開いてこっち凝視してるし…。目立たない人生を送ってきた身としてはかなりつらい。

 …そういえば隣の席の神田一くんは生粋のオタクで「3次元の女なぞ興味なし…」とか1年生の時に言ってた気がする。彼に助けを求めよう…!と、チラリと横目で隣を見る。が、

 …あれ?

 おかしいな。なんか机が綺麗すぎるぞ?まるでまだ誰も使ってないような…

 その時、このクラスで聞こえるはずのない声が頭の上から振ってくる。


「おい、浅木。和泉を困らせるな」


 急に教室が静まり返る。シーンとした空気が逆に怖い。

 …この美声。いやいやいや?あの人は8組のはず。こんな所にいるはずが…顔をあげたくない。


「あら?なんであなたがここにいるのかしら、九条くん」


 やっぱりあの人だったー!

 顔を少しあげて確認すると九条くんご本人がそこにいた。

 僕の視線を感じてか、浅木さんのことは総スルーした九条くんは「おはよう、和泉。朝から災難だったな」と僕に声をかける。


 確かに…確かに九条くんが来たことでみんなのひそひそ話は止まったから助かったけども事態が悪化したことは分かってる。あの[浅木さん]に加えてあの[九条くん]までもが親しげに接する一般庶民。…どう考えたって目立ちまくる。平穏は探さないでくださいと手紙を残して旅に出ました。本当にありがとうございます。ストレスマッハすぎて今すぐ猫ちゃん吸いたい。


 …とりあえず気を取り直して九条くんに要件を聞かなきゃな。


「…うん、おはよう九条くん。えっと、どうしたの?何か用事?」


 すると九条くんは少しキョトンとした顔をする。


「もうすぐホームルームの時間だ。教室に訪れて席に着くのは当然だろう?」


 そう言って九条くんが座ったのは綺麗になった神田一くんの席で…


「九条くん?そこ違う人の席じゃ…?」


 やんわり聞くと九条くんは至極真面目な顔で首を振る。


「いや?俺の席だが」


「え?」


「臨時の席替えというやつだ。視力の問題や身長の問題で黒板が見えない生徒が前の席の生徒と場所を交換するあれのことだが」


 そりゃ知ってるけども!


「えっえーっと、でも九条くん8組だったよね…?ここ1組だし…?」


「ああ。昨日お前と話をしてみて、多少刺激は強いが遠目からでなくても鑑賞に耐えうると判断したのでな。「美しいものが見えづらいと生活に支障をきたす」という理由で、和泉の隣に座る1組の何某と8組の俺の席を交換してもらったんだ」


 色々突っ込みたい!突っ込みたいけどやぶ蛇だろうからやめておく…!でも一つだけ聞きたい…!


「それありなの?!」


「?ありだったから今俺はここに座っているのだが」


 そうだろうけども!くそ、これが金の力か…!

 さらば神田一くん…!君のことは忘れない…!

 と僕が今は無き神田一くんを偲んでいるうちに浅木さんと九条くんは何やら言葉を交わしていた。


「春くんを困らせてるのはあなたじゃないの?ほら見て?急に隣のお友達が居なくなったから混乱しちゃってるじゃない」


「ふん。そこまで交流がある者ではなかったことなど調査済み。俺がかつての隣人より仲良くなれば済む話…瑣末な問題だ。しかし貴様のそれは迷惑以外の何物でもないだろう?俺がここに着いた時、急に親しくもない女が馴れ馴れしく話しかけてきたせいで、可哀想な和泉はとても困惑した顔をしていたぞ?」


 …。


「こんなのアタックに入らないくらいの自己アピールよ。それにすぐ1番親しい女の子になってみせるもの。余計なお世話だわ。でも未来の妻として春くんの周りにそんな口も意地も悪い人がいるのは心配ね」


「昨日河合にも言われていたが思い込みが激しいのも大概にしておけよ。好みでもない女に言い寄られるほど面倒くさいこともない」


 ……頼む、頼むから、僕を挟んで喧嘩しないで…。


「なぁ。和泉?はっきり言ってやれ、迷惑だとな。まあ美しいお前は優しさに溢れているから言えないかもしれんが」


「春くん、春くんのことにそんなに口出したくないけど、お友達は良い人を選んだ方がいいよ?春くん優しいから困ってても九条くんに嫌とは言えないかもしれないけど…」


 そして僕を渦中に巻き込むのやめてぇ…。



 こうしていつもと同じように始まった朝のはずが…完全に別物になってしまっていた。これが今日からずっと続くとか信じたくないなぁ…。


 ちなみに「和泉って浅木さんにアピールされてるらしいぞ」「羨ましすぎるな!吊るか?!」「だけど何故か九条と親しいらしいぞ」「マジか!手ェ出すの怖ぇな!」と周囲からは注目されつつも遠巻きに見られるようになりました。


 どうしてこうなった。

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