2-閑話

 コンコン、と軽いノックの音と一緒に「鳴海、朝だよ」という声で目が覚めた。

 目覚まし時計の機械的な音だと中々起きれないというのに、この声には意識が覚醒するのだから不思議なものだなと思う。

 あたし、和泉鳴海の1日はいつもここから始まる。

 もう少ししたらご飯できたよなんて下のリビングから呼ばれるだろうから急いで服だけでも着替えなきゃ。


 ***


 予想通り朝食に呼ばれたので降りていくと、そこには既に着替えが完了しているハル兄がいる。1番上の兄…むー兄は昨日も遅かったようだし、いまだ夢の中だろう。


 今日は和食のようだ。大人しく自分の席に座って「いただきます」と、作りたての卵焼きへと箸を伸ばし、口に運ぶ。うん、おいしい。

 かつて失敗だらけだったハル兄の料理は既にそこらの主婦を越えていると身内の贔屓目を抜いても思う。ハル兄は少し凝り性なところあるから、上手に作れないってめっちゃ練習したんだろうな。


 あたしより少し遅れて座ったハル兄も机の端に4つの包みを置いてから「いただきます」と言って一緒に朝ごはんを食べ始める。

 ただいまから部屋に入る前のおやすみまで、挨拶は聞いてる人がいなくてもちゃんと言う、というのは我が和泉家の数少ない決まりごとのひとつだ。


 ちらり、とハル兄が置いた黄色の包みを見る。

 むー兄とあたしの食の好みはかなり違っていて、大変だろうにハル兄はおかずを少し変えてお弁当を用意してくれる。一緒で大丈夫だと2人で伝えても「僕じゃ母さんの代わりは難しいけどこれくらいはね」と笑っただけだった。

 水色の包みがむー兄のやつ。黄色があたしの。桃色がハル兄。あたしたちの名前に合わせた色で分かりやすい。


 何故か最近もうひとつ増えた包みは青色。

 あたしたちの通う学校の高等部にユー姉が先生として来たって聞いたから、はじめはユー姉のかと思ったけど、どうやら違うみたいだしな…とか考えながら緩慢な動きでもそもそと食べてたあたしと違って、ぱぱっと自分のご飯を食べたハル兄は


「また髪の毛ぼさぼさなんだから…」


 と小言を言いつつ髪を結んでくれようとあたしの後ろに回った。


 ハル兄…あたしが他の追随を許さない超絶不器用じゃなきゃ色々手伝えるのに…不甲斐ねぇ妹ですまねぇ…。そのうち…そのうちあたしも、何か出来るようになるから。とりあえずハル兄もむー兄も力が弱いから筋トレは始めてみて少し経つ。この前ハル兄が開けれなかった瓶をえいやっと開けた時にとても褒められたので、もっとムキムキになりたい。待っててねハル兄。あたし、ゴリラになるからね…。

 それはそうとせっかくなので、髪の毛を結んでもらいながら、あの謎の追加弁当について、ついに聞いてみることにする。


「ハル兄」


「んー?何?」


「あのもう一個のお弁当さぁ、誰の?…恋人?」


 あたしの言葉を聞いて吹き出すハル兄。まあ違うとは思うけどさぁ。

 予想通り、そんなわけないでしょ!とハル兄は否定した。


「あれは友達のやつ。最近僕と一緒に登下校してる人、陸前くんっていうんだけど、鳴海も遠目から見たことない?」


 もちろん見たことあった。ちゃんと挨拶はしたことないけど。キラキラ爽やかイケメンって感じだった。


「なんでハル兄がリクゼンさんのお弁当を作ってんの?」


 んー、と言いながらハル兄はリクゼンさんのことを教えてくれた。


「入学式の日に話した、あの祐姉さんが作った部活のメンバーなんだけどさ。朝一緒に登校しながらコンビニのおにぎりか栄養ゼリー食べてるし、お昼ご飯皆で食べる時もいつも出来合いのものとかパン何個とかだから。この前帰り道で気になって聞いたら、今、一人暮らしなんだって」

「だから3つ作るのも4つ作るのも変わらないから作ろうかって僕から言ったんだよ。陸前くんは僕に追加の仕事させるなんて…ってすごい悩んでたけどね、やっぱ栄養の偏りとか気になるらしくて。今までかかってた昼食代って言ってお金も預かってるよ。いらないって言ったんだけどそこは譲ってくれなくてさ」


 話ながら髪をまとめ終わったハル兄は「はい、出来たよ」とあたしのつむじを軽く押した。これは母がやってた癖。ハル兄は癖まで代わりにやってくれるのだ。手厚い。


「あんがとハル兄」


「どーいたしまして。鳴海も食べ終わったみたいだし、ほら、歯磨きしておいで」


 あたしが素直に頷いて「ごちそうさま」というとハル兄も一緒に「ごちそうさま」を言う。あたしを待っててくれたらしい。

 せめてものお手伝いでハル兄とあたしの分の食器を流しに運んだり、机の上の調味料を片付けたり台拭きをしたりしてから、洗面台に向かう。


 恋人じゃないのは分かってたし、包みの色的にも違うって思ってはいたけど。あの迷惑女が無理言って作らせてるんじゃないかって心配だったから、リクゼンさん用だってわかって安心した。

 河合とかいう昔からハル兄に付きまとうあの女···、ユー姉が作ってハル兄が手伝ってるっていうラブコメのネタ集め用の部活にまで押しかけたって聞いた時には退部させてくれってユー姉に直訴しようと何度思ったことか…。昔からあの女とはどうも反りが合わないというか性格も顔も無理。

 向こうもそう思ってるらしくてあたしを避けてるから、この家にまで押しかけてきてハル兄に迷惑をかけるなんてことは起こらないから、それは良かったなって思う。


 ていうかユー姉もなんでハル兄を資料の主役に選んだんだろう…。

 身内だからってわけじゃなく、客観的に見ても、ハル兄は確かに主役級にどこに出しても恥ずかしくない素敵な人だと思うけど。

 ハル兄がラブコメのテンプレ無自覚モブ系男主人公なんて、そんな役、天地がひっくりかえっても出来るわけがないのにな。





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